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「神と野獣の日」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 4月 2日(土)14時16分36秒
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  松本清張『神と野獣の日』(角川文庫73、元版63)読了。

 元版は63年カッパノベルです。63年といえば眉村卓『燃える傾斜』の出た年。カッパでいえば小松左京『日本アパッチ族』(64)よりも一年早い。というわけで、日本SF創成期と軌を一にするようにして発表された清張のSF作品です。

 西側同盟国Z国の5メガトン級核弾頭ミサイルが5発、誤って発射され、2時間後に東京に着弾する事が判明、米国よりの緊急連絡が総理大臣に伝えられる。在日米軍と(自衛隊の後身らしい)防衛軍の地対空ミサイルで迎撃してもすべてを打ち落とすことは不可能、最低2発、合計10メガトンの水爆が東京で爆発することは不可避との連絡に、首相は呆然自失。
 5メガトンで東京は、爆心地より半径12キロ以内の全地域が壊滅。10メガトンならば南関東の殆どが全滅する。そして死の灰(放射性物質)は風に乗ってさらに広範囲の地域を覆い盡す。さあ政府はどうする!? という話です。

 実際、2時間ではなんの手も打ちようがないから、徒らに事実を知らせてもむやみに混乱を来すだけ。むしろ市民が醜い野獣になってしまい、この世の地獄と化してしまう。いっそ知らせないで死んで行かせるほうが、そのほうが都民には幸せなのではないか。いやいや、それでも報知すれば、2時間あれば都心のサラリーマンも、家に帰って家族と共に最期を迎えられる。また人々は最後だからこそ粛然と運命を受け入れるのでは?
 ――という「野獣説」か「神の子説」かと悩んだあげく、首相が選択したのは「神の子説」でした。テレビとラジオで報知がなされます。さあ、人々はどういう行動をとったのでしょうか?

 事実が判明してからの2時間を、シチュエーションノベルというのでしょうか、主人公らしい主人公を設けずいろんな場面を点描するという手法が採用された結果、あたかも「ドキュメンタリー」風に話は進んで、巻を措かせません。ただし「ドラマ」として見た場合は、心理に深く切り込まないので、非常に淡々とした印象になります。その意味ではシナリオに毛が生えたような感じ。

 もっとも、たった2時間ですから、政府のできることは限られている。東京の被爆地に関しては手をこまぬいていることしかできません。せいぜい大阪臨時政府(首相以下閣僚はさっさと米軍ヘリで大阪へ退避している。首都全壊後の日本の舵取りこそ彼らの使命であるからですっ!)として、被爆/被曝後の復興計画の策定があるくらいか。

 その意味で、何年かの猶予があった『日本沈没』のようなわけにはいかないのは確かなんですが、それ以上に清張と左京ではその「人間観」が正反対であるように感じました。本篇では、都民は公共交通手段で郊外へ逃がれるしか術がないのだが、電車は、避難民で鈴なりの沿線の各駅を、小石のように黙殺して(いや、満員すぎてプラットフォームからポロリポロリと落ちる客を跳ね飛ばして)通りすぎていく。運転手が、自分が逃げ延びたいが為に勝手に急行列車にしてしまったのです! 大体、治安活動にあたる警察官や自衛隊員からしてさっさと逃亡してしまう。小松左京の描く自衛隊員とは明らかに違います。事実はどっちなんでしょう? 消防庁の隊員が躊躇するのを、所管の大臣が恫喝したというのは、ちょうどこの中間でしょうか(違)。
 そういう次第で、本篇は頁数にして200頁強なのですが、もっと深く、書き込んでほしかった。最低でも倍の400頁は必要だったのでは。そうだったならば、本書、『日本沈没』のアンチテーゼ的作品として、SFジャンル的にも意義のある位置づけを確保し得たように思うのですが。もっとも『日本沈没』がPFの嚆矢だったのだとすれば、それはないものねだりというべきかもしれません。
 
 
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