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 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
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年寄りにも使いみちはある

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月11日(日)21時07分37秒
返信・引用 編集済
   新学期が始まって、時間帯によっては道路に中高生が溢れています。しかしその半分近くはマスクをしていないか不完全装着ですね。
 いや、それを咎めたいわけではありません。
 中高生には無理ですって。
 彼らは元気溌剌としていて、その発する熱量も発汗も、われわれ老人の数倍数十倍なんです。
 私達にはそんなに辛くはないマスクも、彼らにすれば口と鼻を押さえつけられて死にそうな感じなんでしょう。
 もしこの地球上に、赤外線でものを見るエイリアンが侵略にやってきたとしましょう。
 中高生は、彼らの目にくっきりと見えているでしょうが、われわれはおそらくぼんやりと半分透き通って見えるはずです。
 われわれを見て赤外線エイリアンは、きっと幽霊を見たと思って恐れおののくに違いありません。
 幽霊がうじゃうじゃいるような惑星には用はないと、慌てふためいて逃げ出すのは火を見るより明らか。
 地球の危機を救えるのは、元気な若者ではなく、われわれ年寄りだったのでした(>おい)\(^o^)/


 
 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月11日(日)13時25分27秒
返信・引用
   

 

SF作家にあるまじき生真面目さ

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月10日(土)22時21分42秒
返信・引用
   文字起こしした。

  《前略》
眉村>頑張っているっていうのは、別に僕だけじゃなくって、僕なんか、ずいぶん怠け者だと思うんですよ。
アインちゃん>そうですか?
眉>ええ。
ア>どうして?
眉>いやそんなに、自分でこんなけ働かなきゃいけない、あるいは仕事しなきゃいけない、考えなきゃいけない、と思うほど、やってないと思うんです自分で。
ア>うん?
眉>でも、僕たち、ていうかみんなそうでしょうけど、ほんとはこれだけやりたいんだけれども、やってないなあ、って、皆思っているんじゃないかなあ。
ア>そうかしら。
眉>アインちゃんなんかどうですか?
ア>私ですか?
眉>もっとやったほうがいいのになあ、と思わないですか?
ア>私ですか、いや、もうなんか知らんけども、目の前にあるものだけが見えてるという感じですねえ私は。
眉>へええん(思っていた答えが返ってこず、毒気を抜かれた感じ)。とにかくその、次々と目標を与えられて、一生懸命やっているわけでしょう?
ア>そうですね(とりあえず相槌を打っておこうという感じ)。
眉>それに追っかけられて、いつの間にか自分を忘れてしまっているみたいなところあるし、それでもなおかつ足らないで、もっともっと頑張って、と思うでしょ?
ア>(沈黙)
眉>大抵皆そうだと思うんですよ
ア>うんうん(そういうことにしておこうという感じ)。
 《後略》

 これを肴に、5~10枚書こうと思うのだが……どうなりますか(汗)

 それで改めて思ったのですが、かんべさんと眉村さんは、生真面目という点で共通しているのではないか。
 いや、これは書きませんけど\(^o^)/

 

Re: ↓もしかして

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月 9日(金)22時17分37秒
返信・引用
  > No.10843[元記事へ]


 それでいいのだ(『その果てを知らず』42p)
 \(^o^)/


 

↓もしかして

 投稿者:野波恒夫  投稿日:2021年 4月 9日(金)21時47分12秒
返信・引用
  掃除機ですか?
ていうか、いまどきの半可通SFマニアは、そっちしか知らない?

http://haruoni.seesaa.net/

 

みじか話集

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月 9日(金)16時26分12秒
返信・引用 編集済
 
「新種のダイソン球恒星が発見されました」
「宇宙文明の発見でもあるな。で、新種とは?」
「周囲の物質をどんどん吸い込んでいます」

 

外出の功罪

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月 8日(木)21時09分11秒
返信・引用 編集済
   先週の外出で激烈な足の攣りを発症したことは書きましたが、実は、左足の膝も調子が悪くなっていたのでした。
 これは翌日に自覚したのですが、正座が、できないわけではありませんが、すっと流れるようには座れない。違和感があるのですね。実際、正座しても、なんだか膝のところがちゃんと「嵌っていない」感じがあるのでした。
 京都にいたのは、正味2時間半です。その間ずっと座っていました。電車に乗っている時間が長くて、往復4時間。でもこれもほぼ座っていました。ただ、帰路、乗り換えのつながりが悪く、天王寺駅で25分ほどホームに立っていた、これが悪かったのかも。
 いずれにしても、この程度の外出で、足が攣ったり膝にきたりするのは、やはり自粛性運動不足による筋肉の縮退や蝶番の緩みが原因でしょう。
 ところが、実は以前から右の股関節の調子が悪くて、車の運転席に乗るのも軽微な痛みが伴っていたのですが、今回の外出で、これが治りました\(^o^)/
 うーむ。このたびの外出の運動量は、左足に対してはやや過重だったようですが、右足に対してはちょうどよい運動量だった。そういえるのかも。
 こっち立てればあっちが立たず、というのか悲喜こもごもといいましょうか、いずれにしても難儀なことです\(^o^)/

追記。あ、膝の不具合は、昨日あたりからましになり、今日は回復していました(^^ゞ

 

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月 7日(水)20時20分55秒
返信・引用
  > 

 

Re: バリ硬足でも、転ぶときは転ぶ

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月 6日(火)20時16分37秒
返信・引用 編集済
  > No.10838[元記事へ]

 濠門さん

>わずかな段差につまずく傾向
 私は段差がなくても躓いていますよ。
 スーパーのフロアは滑らない材質なんでしょうね。
 そのフロアを、私は、いつの間にか足を上げて歩かず、ずるずると(眉村さんはぺったんぺったんでしたが)足を引きずって歩くスタイルになってしまっていて、しかも一歩一歩に力が入っていない。なので、頻繁に段差でもないフロアの、その摩擦抵抗係数に負けて、つんのめっています。
 もしその現場を誰かに見られていたら、この人なんでつんのめってるんやろ、と不審がられること請け合いです。恥ずかしいったらありません。困ったもんです。
 眉村さんなら、なんと仰言るでしょうかねえ。
 それでいいのだ、は赤塚不二夫か。
 いいではないか! \(^o^)/


 

バリ硬足でも、転ぶときは転ぶ

 投稿者:濠門長恭  投稿日:2021年 4月 6日(火)19時42分7秒
返信・引用
  1日平均1万歩以上は歩く生活になりましたが、わずかな段差につまずく傾向は漸増中。
昨日は時給千円散策中に、駐車場の車止めにつまずいて、みごとに転びました。加齢ですなあ。しかし、転んでクルリと1回転してダメージ僅少(左膝に浅い裂傷は、透明ラップを当てて養生テープで固定して、帰宅後にバンドエイドジャンボ判)です。回転レシーブもかくや。華麗ですなあ。
注:透明ラップの表記は©対策です。

http://haruoni.seesaa.net/

 

うどん足症候群

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月 5日(月)11時24分2秒
返信・引用
   昨日の今日ですが、明け方、激烈な痛みで目が覚めました。
 両足が攣ったのです。
 右足は、まあすぐ収まったのですが、左足はふくらはぎ、その前部の脛の部分、足の裏、足指と、あたかも先年の東日本大地震のように、広範囲にわたって攣ってしまっていて、なかなか収まらない。
 収まらない理由のひとつには、それでもちゃんと目が覚めず、しっかりした対症療法を怠っていたということが挙げられそうです。
 痛みよりも眠気が勝っていたわけです(激烈な痛みだったのですよ)。よっぽど疲れてたんやろね(たかが数時間、外出しただけなんですよ)。
 そらそうです。仕事がらみではない純粋な外出は、たぶん年末以来。まる三か月ぶりなんですから。
 そういえば最後の外出のときも、足が攣ったのでした。しかし今回はその比ではありません。
 時間は定かではありませんが――5分なのか、10分なのか、しかし、今考えますと、もしかしたらほんの数秒から十数秒だった可能性も。
 というのは痛みが発生し、それをきっかけに夢を見、その夢の中では長時間経過していただけだった、実際は瞬間的に見た夢の記憶だった、というのはかなり有り得そうです。こうして冷静に思い出してみれば、激烈な痛みを放置して10分も寝ていられたというほうが、可能性としてはありえないのではないか。
 とにかく前回より激烈だったわけですが、これはやはりその間3か月で、さらに身体は衰えてしまったということでしょう。
 そんなものだ、と他人事みたいに言ってられません。
 先日、コロナロコモという言葉を知りましたが、まさにそれです。
 困ったもんです。


 

ピーアイマンで行こう

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月 5日(月)01時20分34秒
返信・引用 編集済
   さっき京都から帰ってきました。
 今日はきっとガラ空きだろうと予測して出掛けたのでしたが、まさにビンゴでした\(^o^)/
 往復の電車もガラガラ――いやまあ往きの京阪特急は、座れましたけど京橋-枚方間は、隣席に人が座りました。その後はどんどん人が減っていって、祇園四条で降りたときは、一つの車両に数名しか乗っていませんでした。帰りは文字通りガラガラ。
 世の若者(に限りませんが)はこんな日に遊びに行ったらいいのにね。なぜ人出が増えることがわかりきっている宣言解除後に(つまり感染者数が減ったときに)、釣られるように遊びに出て、感染を増やしてしまうのでしょうか。その心理が理解できませんねえ。実のところ、感染者数が増えたときこそ、市中に人出は減っているのです。2週間のタイムラグゆえ。

 さて、メール受信箱をみたら、メールが数件届いていました。今日はもう寝ようと思いますので、あすお返事させていただきますね。

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 4月 1日(木)16時55分11秒
返信・引用 編集済
  本が届いた。今日はいい日だ。  

思い通りにエンドレス

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月31日(水)21時11分12秒
返信・引用 編集済
  いま続々と(ぱたぱたと?)――ひっきりなしに届いてきています。
返信する以外に何もできない。
というか、返信で送受信するたびに新しいメールが!
いやもちろん嬉しい悲鳴\(^o^)/

 

Re: 咽せについて

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月31日(水)02時04分1秒
返信・引用
  > No.10832[元記事へ]

 橋元さん

 アマゾンに類似品がたくさん出てますね。値段もピンキリです。
 安いのは見た目からしてチャチで、縁日で売っているおもちゃの笛に、吹くと巻かれた紙がピローッと伸びるのがありますが、それと同じようなのもありました。これだと飽きないから長続きするというカスタマーレビューがあって、一瞬、なるほど、と思いましたが、よく考えたら逆に飽きてしまうんじゃないでしょうかねえ。
 ということで、シンプルな形状のブレスパワーというのを注文してみようと思います※。
 名前がパワーブレスに似ているので信頼感があったのと(根拠なき信頼感(^^;)、値段がパワーブレスの半額で、その値段なら、失敗してもショックが小さいので\(^o^)/

※注文しようとしたらこれ、2000円以上併せ買いしないと送料無料にならない品でした。併せる品がにわかには思いつかないので、それを思いついてから注文することにします。本を併せても大丈夫みたいです(本はもともと送料無料なんですが)!


 

Re: 咽せについて

 投稿者:橋元淳一郎  投稿日:2021年 3月30日(火)21時20分36秒
返信・引用
  > No.10831[元記事へ]

管理人さま

9000円はちょっと高いですねぇ。僕のは2000円くらいだったように記憶します。
たしかにそれだけの効果はあると思いますが、原理は簡単なので器用な人なら自作してしまうかも知れません。要するに空気が出入りする孔を小さくして、強く吸ったり吐いたりするのに大きな負荷がかかるようにすればよいわけです。

橋元淳一郎

 

Re: 咽せについて

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月29日(月)22時29分45秒
返信・引用 編集済
  > No.10829[元記事へ]

 橋元さん

 ご教示ありがとうございます。
 パワーブリーズ検索しました。アマゾンで9000円ですか。なかなかお高い器具ですね。
 で、そうだ管楽器を吹けば同じ効果があるのではないか?
 私は中学時代テナーサックスを練習していまして、けれどもいつしか物置の肥やし状態になっていました。それから無慮数十年。
 初老になりふとまた吹きたくなり、とはいえテナーを吹くのはもうしんどい。サックスは木管楽器(Wood Wind Instrument)ですが、Electric Wind Instrumentつまり吹く電子楽器ですと、サックスほど肺活量は必要としないと知って、購入しました。
 たしかにサックスよりずいぶんラクでした。しかしそれでも、初老の私には、30分も吹けば唇や頬や顎の(おそらく喉も)筋肉が力尽きてしまい、ちゃんとした音が出なくなります。これもけっきょく続かず、やはり押入れの肥やし化してしまったのでした。
 しかし、これを復活すれば、パワーブリーズの代用になるのではないか!
 そう一瞬思いました。でも次の瞬間、楽器は吹く専門で、吸って音が出るのはハーモニカくらいであることに思い至りました。
 パワーブリーズの半分の機能しか代用できないわけです。
 ううむ。
 やはり9000円はたきますかねえ。
 カラオケが安上がりでよいですね。とはいえ橋元さんの芦屋のお邸のように広壮だったら問題ないですが、ウサギ小屋の我が家では隣近所に気兼ねしてしまうんですよねえ。
 かといって一人カラオケも抵抗ありますし。慣れれば全然大丈夫らしいのですが……
 やっぱりパワーブリーズですかねえ\(^o^)/

 

「恋するタイムマシン」

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月29日(月)21時04分30秒
返信・引用 編集済
   どなたか機本伸司さんの連絡先ご存知ありませんかねえ?
『恋するタイムマシン 穂瑞沙羅華の課外活動』(ハルキ文庫、16)は、眉村さんが、最近ではめずらしくかなり力のこもった解説を書かれているんですよねえ・・・

 

 

Re: 咽せについて

 投稿者:橋元淳一郎  投稿日:2021年 3月29日(月)20時47分1秒
返信・引用
  > No.10828[元記事へ]

管理人さま

誤嚥性肺炎は怖いですね。コロナよりも怖いのではないでしょうか?
肺炎防止に喉の筋肉を鍛えるため、ぼくは数年からパワーブレスという簡単な危惧を使って、気管支強化をはかっています。朝晩、30秒ずつくらいスーハーをやるだけです。
これをやり始めてから、喉の痛みを伴う風邪を引いたことがありません。
原理は、強く息を吸ったり吐いたりするだけです。吐くだけなら、小さなゴム風船を大きく膨らませる息の使い方です。
ぼくの使っている器具は、ネットで調べたらなぜかもう販売していませんでした。パワーブリーズという器具の宣伝はありました。原理は同じだと思いますが、値段がどうなのか?
あと、「リハートテック」という会社が、「タン練くん」という器具を販売しています。これは、1年位まえにNHKのテレビで紹介されたのですが、要するに赤ちゃんのほ乳瓶の乳首と同じものです。お乳を吸う力こそが、喉と気管支を鍛えるのだそうです。これも購入しましたが、パワーブレスよりは簡単すぎて、僕には物足りません。もう食事も難しいような老人向けの器具のようです。
カラオケも良いですね。趣味と実益を兼ねて、僕はYoutubeのバックに合わせてしょっちゅうやっています。もっぱら昭和20年~40年の歌謡曲です。ちあきなおみの「冬隣」、「さだめ川」が目下の課題曲です(笑)。

橋元淳一郎

 

咽せについて

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月29日(月)01時26分38秒
返信・引用
   最近、よく咽せます。
 以前はあんまり気にもしていなかったのですが、眉村さんが誤嚥性肺炎で亡くなってから、ちょっと神経質になっています。
 食事中は(意識がそれに専念しているからでしょう)まずないのですが、パソコンの前で、画面を見ていたり、文章を打ち込んだりしているときがあぶない。
 意識がそっちに集中しているとき、上の空でコーヒーの入ったカップを口に持っていくと、よくやらかしてしまいます。
 咽せるというのは、けっきょく誤嚥ですよね。
 ここの動画を視聴しますと、人間の食道と気管の切り替えの、実に精妙なことにびっくりさせられます。
 そういう連動が、喉周辺の衰えによりうまく機能しなくなってきているんでしょうね。
 コーヒーの場合も、冷たくなってしまえば咽せは起こりません。熱いコーヒーを、啜りながら飲もうとするとき起きる。蒸気やら飛沫状になったコーヒーが、気管の方に流れ込んでしまい、咽せるわけです。
 さっき食事時は大丈夫と書きましたが、たとえばうどんを啜るような場合は、やはり咽せが起きます。
 誤嚥を改善するには、理屈からいって喉周辺の筋肉を強化すればよさそうな気がするのですが、一体どのように運動させれば、喉の筋肉を強化できるのか。
 ネットをたどっても、そういうエクササイズは見つかりません。
 あ、カラオケか\(^o^)/

 

トイレにて

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月27日(土)23時51分51秒
返信・引用 編集済
   先日の話。
 小用を足しにトイレに入ったんですが、ふと見ると床面に、ごく小さい、直径1センチほどの濡れを見つけました。
 直前に、老母の簡易トイレの清掃をしていました。おそらくそのとき少し洗浄の水が飛んでいたのでしょう。
 トイレットペーパーで拭い取り、便器に捨て、トイレに入った本来の目的である小用を開始しました。
 年寄りなので、チョロチョロとしか出ません。
 いつしかぼんやりと考え事をしていました。
 何を考えていたのか、覚えていません。
 でも、たとえば明日起きたらすぐしなければならないことの確認とか、今考えている小説のアイデアの反芻とか、そんなことだったはずです。
 考えていたといっても、それは想念が半意識の状態で漂い流れていくに等しい。断片的で淡いもの。夢みたいなものです。
 今見ていた夢なのに、目が覚めたらその内容は覚えていないのと同じで、ふと意識を取り戻したら覚えていない。そんな感じです。
 で、ふと意識が還った。
 チョロチョロもそろそろ終わりかけ。
 で、視線を下げて便器を見――ぞっとしました、
 クシャクシャにしたトイレットペーパーが、便器の水たまりに浮かんでいるではないですか。
 いま私は、大ではなく小用を足しているのです。
 しかもその最中。
 トイレットペーパーが便器のなかに存在するべき理由がない。
 ありえない。どういうこっちゃねん。
 チョロチョロが出終わってからも、暫くその姿勢で固まっていました。
 ああ、そういえば。
 と、トイレに入ってすぐ床をトイレットペーパーで拭いたことを思い出したのは、何分後だったことか。
 短期記憶の劣化は、もはや極限に達しかけているようです。嗚呼。

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月25日(木)21時52分15秒
返信・引用
   元ツイート

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月23日(火)22時51分31秒
返信・引用
 


 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月23日(火)21時19分26秒
返信・引用
 


 

Re: 大陸におけるアレコレ

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月23日(火)21時12分42秒
返信・引用
  > No.10822[元記事へ]

 そもそも日本軍には兵站の考え方がなく、それぞれの部隊で現地調達するのが当たり前だったそうですね。近代的軍隊ですらなかったということですかねえ。

 もう亡くなりましたが、生きていたら百歳になっている仕事上の知り合いの人が、やはり武漢方面に配属されていて、いわゆる試し切りですな、その人は試し切りではなく試し撃ちで、民間人を横並びさせて新兵に「肝付け」させたと言ってました。それも自慢話として。
 そんな悪人でも、生きていてそんな自慢話をしている間は、大陸での蛮行も現実にあった話だということが一般的にも通じていたわけです。
 そんな人達が死んでしまって、歴史の捏造が始まったような印象がありますね。

 

大陸におけるアレコレ

 投稿者:濠門長恭  投稿日:2021年 3月23日(火)20時17分10秒
返信・引用 編集済
   高橋鐡氏が主催する日本生活心理学会の会員からの投稿(をまとめた本)にも、エロエロと話が載っています。姑娘をGo姦したとか、相手も慣れっこになっていて、泣き愛想笑いしながらズボンを下ろしたとか。
 その一方。植民地のインフラを整備したり、学制で現地人の教育水準を高めた(ただし文化の日本化とワンセット)とか、エゲレスとは大違いの実績を残したのも確か。

 まあ、拙は妄想竹の花盛りの為に、そういったのを読んでいるので、信憑性の裏付けまでは取りませんけどね。

 蛇足ながら。この手の妄想の原点のひとつは、小学生時代に読んだ学習雑誌の「実話」。
 ユダヤ人だかパルチザンだかを匿った容疑で学齢の姉弟がナチに監禁されて。学習雑誌ですから「暴力を伴なって尋問された」という……ああ、そうそう。着衣が無事では済まなかったといった記述は、たしかあったはずです。

http://haruoni.seesaa.net/

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月23日(火)13時36分26秒
返信・引用 編集済
   

 cf:「ピットインでヤマシタ・トリオをディグしていると妙な話がうかんできた」

 

「伊賀一筆FM」4号、5号を拝受

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月23日(火)12時03分38秒
返信・引用 編集済
   中相作さんから、フリーペーパー「伊賀一筆FM」の、新春初笑い号(通巻4号)と、春の冤罪号(通巻5号)を頂戴しました。ありがとうございました。

 

 どちらも漫才の台本なんですが(>おい)m(__)m、いやそのとおり!と膝を打ったところがありまして、それは5号の、(5号は、8頁中3頁が個人誌の方の『伊賀一筆』第1号からの再録なんですが)

 

 「幻住庵記」(の異文)に、芭蕉が北海道へ行きたいと思いながらその夢を実現できなかったと書かれている、という信憑性のない情報を鵜呑みにした伊賀市が、これは使えるぞと思ったのでしょう、さっぽろ雪まつりに芭蕉の雪像を作り、伊賀市が芭蕉生誕地であることをPRしたいと、800万円予算化しようとした。幸いそれは議会で否決されたんだそうですが、問題は、当の「幻住庵記」(の異文)には、芭蕉が北海道に渡ってみたかったなんて、ひと言も書かれていなかった。それを中さんは(出回っていない異文ですから)芭蕉翁記念館に問い合わせ、異文(米沢家本)をファックスしてもらい確認したのだと。
 つまり伊賀市は信憑性のない情報を鵜呑みにし、その確認を怠って予算化しようとしたわけです。それは如何にもいかんだろう、と中さんは怒っている(むしろ嘲笑している)のですが、私が思うにこれ、現在の日本の支配的な風潮なんですよね。もっといえば日本人の大多数である(のでしょう)善男善女の態度なんです。
 たとえば戦前の日本軍は規律がよくて原住民(!)から強奪や暴行をしなかった。だから日本軍が占領した地域の原住民は皆日本の兵隊さんに感謝したみたいなことを思っている人が多いらしいのですね。実際、私も直接聞いたことがあります(しかもチャチャヤン以来の知人。愕然としました)。こんなの、ちょっと資料に当たれば嘘であることはわかることです。すると連中は、その資料自体が中共(※)の陰謀なんだと言い出す。
 先年私は、小学校の友人のお父さんが自費出版した自分史を読んだのですが、そのなかに、応召し揚子江武漢辺に配属されたとき、民間人の家から食物や家畜を盗んだことがはっきり書かれていました。いくらなんでも「中共」が一介の市民の自分史まで改竄できるでしょうか。
 これらの事例は、すべて事実の確認という作業を怠っている証拠です。それともうひとつは、自分にとって嫌な情報は聞きたくない、という、再帰的我を発達させなかったことに由来する態度のしからしめるところといえる。
 いまやこんな善男善女の国ですから、わが国が先進国から滑り落ち、他のアジア諸国にどんどん追い抜かれていってしまうのも、致し方ないのかもしれませんねえ。

(※)中共は中国共産党の略なんですが(cf日共)、中華人民共和国の略だと、調べもせずに鵜呑みにしている


 

ガースー並み

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月21日(日)12時29分58秒
返信・引用 編集済
   いろいろ滞っており、メール返信もできていない場合があります。諸事情ご賢察いただけましたら。すみません。

 元ツイート

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月20日(土)22時16分29秒
返信・引用
   元ツイート
 元ツイート

 

Re: 「建国小説」

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月19日(金)12時21分16秒
返信・引用 編集済
  > No.10816[元記事へ]

 下の書き込み、「設定集」をパラパラ見返していて、思い違いで書き込んでいたことに気づきました。
「真番郡」X→「帯方郡」○ でした。
 いやいや、それじゃあ年代が合わないだろう。
「新羅本紀」を鵜呑みにすれば、紀元前57年~後4年(享年61歳)となるのですが※、本篇の設定上、二干支240年繰り下げているのですね(設定集を見ていて思い出しました)(汗)
 実際のところ、『三国史記』も『記紀』と同じで、初期の記述はかなり引き伸ばされているのは間違いなく(神武天皇ほど酷くないですが)、私の設定のほうが事実に近いはずです。
 ですから、本篇における赫居世は、AD182年生まれでAD212年没(享年30歳)です。
 つまり基点をAD182年とし、あとは2倍年歴を採用することで、妥当な史実に漸近させていったわけです(山本武雄が『日本書紀』に適用した方法論)。

※いまウィキペディアをみたら、紀元前69年~後4年となっています。これはおかしい。なぜなら「新羅本紀」によれば、甲子年に生まれたとなっていて、甲子年は紀元前57年のはず。紀元前69年というのはその12年前で、干支は「壬子」です。単純なミスなのか、なにか理由があるのか。理由があるならそれを記述しておくべきなんですが。
 ついでにいえば、基点とした「甲子年」は「辛酉年」とともに革命の年とされており(甲子革命、辛酉革命という語が存在する)、書紀の神武天皇即位が辛酉年(BC660)であるのと同じで、きわめて恣意的。歴史学的には信ずるに値するかどうかですが、本篇は小説なので(>おい)

 さて、帯方郡は204年から313年まで存在していましたので、赫居世22歳のときに設置された郡です。つまり赫居世は、公孫氏と同時代なんです(という設定)。

 いやー、面白い小説になりそうでしょ\(^o^)/

 

「建国小説」

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月17日(水)21時29分32秒
返信・引用 編集済
  > No.10811[元記事へ]

 承前。「朱蒙」を視聴するとは、一体どういう訳の訳柄か、と首を捻られた方もいらっしゃるかもしれません。
 このドラマ、韓国で15年前に放映されたもの。韓国では大変な人気だったようで、平均視聴率41%という驚異的な数字を残し、日本でも放映されたそうです。でも私は全然知りませんでした。
 つい最近知り、これは視聴せねばとUNXTに登録して視聴したのです。
 というのは他でもなく、私自身も、『三国史記』を下敷きにした大長篇小説を構想していたからです。
 下の写真は、その設定集です。

 

 実際、のちの新羅初代王赫居世を主人公にした小説のあらすじは出来上がっていたのです。
 真番郡(ソウル)と慶州を往来するには、漢江をさかのぼり、洛東江を下るのが大動脈でした。
 ただ漢江と洛東江の間には、険しい小白山脈が横たわっており、それを陸路で越えなければならなかった。街道があったのですが、その街道を押さえていたのが、辰韓六村。古朝鮮の遺民の部落で、街道を通る者から、護衛の名目で通行料を取っていた。
 その実行部隊は北方騎馬民族烏桓族の傭兵で、新羅を建国する以前の若き赫居世は、その部隊長だったのです(父親が烏桓族)。
 しかし、通行する商団の中には、護衛を断る威勢のよい商団もあった。
 そんな商団には、赫居世の右腕であった倭人瓠公(ホコ=ヒコ? cfアマタリシホコ)の別働隊が、盗賊を騙って襲撃し、あわやというところで赫居世の本隊がかけつけ、盗賊を追い散らし、結局、通行料をせしめてしまうのです。
 今日も今日とて、ある商団が赫居世の忠告を無視して出発し、いつものシナリオが展開されるはずだったのですが、赫居世が駆けつけたときにはすでに、商団の護衛兵が、瓠公の部隊を追い払ってしまった直後だった。しかも護衛兵を率い先頭に立って剣を振るっていたのは絶世の美女だった……
 これぞ、のちに赫居世王の王妃となる閼英その人なのでした!

 この(結局書かれなかった)連作大長篇、私は「建国小説」と名付けていました。
 いうまでもなく、『後宮小説』を踏まえているわけで、この事実で、本篇を構想していた時期は明らかでしょう。しかし、今となっては、誰も分かってくれないでしょうねえ\(^o^)/

追記。UNEXT解約しました(^^ゞ


 

Re: そんな貴方にお奨め?

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月16日(火)21時22分12秒
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  > No.10814[元記事へ]

 おお、そんなのが! 究極の手抜き製品ですね。
 それにしてもこんなひと工夫的な発明、日本人は大得意ですよね。
 それまで右肩上がりだった日本の人口は、江戸時代初期3千万人に達したあとは、鎖国政策による密室列島化で明治維新まで200年間、3千万人から増加しませんでした。
 列島が養える人口が3千万人が上限だったからです。
 しかも密による生態学的効果で、江戸時代人の身長は、縄文時代のレベルに戻ってしまいました。少ない資源に、体を小さくすることで適応したわけです。
 文化においても、たとえば風呂敷のように、資源を浪費しない方向に発展していきます(ついでながら歩行も、ナンバ歩きが一般化しましたが、ナンバ歩きも無駄な動きを排除した省エネな歩行法です)。
 こういうちまちました文化が日本を規定し、体位が向上した今日でも、文化に関してはいまだチマチマした江戸時代的なものが優越しています。自分を押さえ、流れに逆らわない日本人の態度は、まさに江戸時代由来の省エネな生き方ですよね。
 この究極の手抜き「バッテリー不要、熱い飲み物を入れると自動でかき混ぜるステンレスマグカップ」も、そのアイデアの無意識には江戸時代的なものが通底しているんじゃないでしょうかねえ\(^o^)/

 

そんな貴方にお奨め?

 投稿者:野波恒夫  投稿日:2021年 3月16日(火)19時40分43秒
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  動力不要。温度差だけで勝手に撹拌するカップがあります。

バッテリー不要、熱い飲み物を入れると自動でかき混ぜるステンレスマグカップ「AUMIX」 - Engadget 日本版

http://haruoni.seesaa.net/

 

Re: ↓カップぎりぎりまで

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月16日(火)11時13分42秒
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  > No.10812[元記事へ]

 掻き混ぜません。自然にエントロピー平衝になるまで待ちます。
 これはADHDの矜持です(>おい)※。
 なに、熱湯ですから一分も待ちません。せいぜい数十秒でしょう。
 ちょうど唇が火傷しないくらい温度まで下がる時間に等しいので問題なしですね。
 ついでながら、ブラック派なので、カップに投入する固形はコーヒー粉末のみです。砂糖もクリーミーパウダーも入れません。

※というのは半分真実半分冗談で、現実的効用としてマドラーなりスプーンを使わないから洗う作業を省くことができるというのも大いなる理由のひとつです。
 つまり一連のこの話は2階にある私の部屋での話でありまして、公共の居間でこういうことを常時やっているわけではありませんので念の為。そのへんが、まだまだADHD理念型への道とおしなんですねえ。

 ところで、零すのは、注意欠如、多動性障害というADHDの別の特徴のせいでもあると思います。なんせ、物をよく取り落します。
 テレビドラマに、狂言回し役で、なにかといえば置物を倒したり椅子に足を引っかけたりなにもない床でつまづいたりする人物が描かれますよね。あれは(製作者は無意識でしょうけど)ADHDの所作のカリカチュアですね。
 もう一ついえば、足でものを蹴ってしまったり、引っ掛けて落としたりするのも、ADHDの特質のひとつである物を片付けられない性質のせいで、部屋がゴミ屋敷化しているからでもあるんです。

 とはいえ、そういうのは言い訳だと、ADHDを公言しているYouTuberさんが仰言っているので、CFとして埋め込んでおきましょう。

 



 

↓カップぎりぎりまで

 投稿者:野波恒夫  投稿日:2021年 3月16日(火)05時48分16秒
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  入れると、「掻き混ぜる」という作業は如何相成るのでしょうか?

http://haruoni.seesaa.net/

 

「朱蒙」観了

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月15日(月)21時32分7秒
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 この坊や、お姉さんから「ほんとに子供だよねえ」とあきれられていますが、子供って大なり小なりこういうところってありますよね。
 しかし、大きくなっていくにつれ、「ほどほど」というのを学習していくわけです。いうまでもなくこれは無意識の学習です。
 ところが、大人になっても「ほどほど」というのがわからない、そういうのが一定数存在するんですよね。
 かくいう私なんか、その典型的なひとりです。
 たとえば、ついさっきですが、コーヒーを飲もうとしてカップにインスタントコーヒーを入れ、お湯をポットから注ぎ始めたのでしたが、一般の方は適当なところで(カップの8分目くらいのところで)注ぐのをやめるでしょう(ああ、もちろんその前提としてインスタントコーヒーの粉末の分量も8分目に合った量を入れているはずです)。
 私は違います。
 カップのギリギリまで湯を注ぎます(もちろんそれを前提に粉末も入れています)。
 10回に1回はカップから湯を零してテーブルを濡らしてしまいます。実際今もちょっと零したところです。
 ギリギリまで注げば、そういうことになる確率は当然高くなるわけですから、「ほどほど」のところでやめればいいだけの話なんです。もちろん私も、頭ではそんなこと分かっているのです。
 でも、ギリギリまで注ぐことがやめられないんですなあ。
 コーヒーにかぎりません。こういう「ほどほどを知らない愚行」を、生活するに於いて数かぎりなく行っています。
 ここまで書けば、みなさんもお分かりでしょう。これはいうまでもなくADHDの特徴のひとつであります。
 ああ、あらかじめ申し添えておきますが、だからといって私はADHDだと言いたい訳ではありません。しかし、少なくともその「ケ」はあるということです。
 先年、元SF作家のトッカン坊やが凸撃をかけてき、あえなく敗退していったときにその辺の事情は書きましたから繰り返しませんが、完璧な「正常」なんてのは現実には存在しません。それは理念型に過ぎず、座標(0,0)をあらわしているだけの概念です。人はみな、その原点と、それを原点として描かれた円周上の1点(たとえばASDやADHDの)を結ぶ直線上のどこかに存在しているんですね。
 円周上のASD点やADHD点も理念型に過ぎず、ただ原点座標から円周に向かってウチからソトへ、濃淡で表せば濃くなっていく。外周に近い点にプロットされる人物のうち、社会生活に支障をきたす人がADHDと認定(誰が?)されるのですが、とはいえ、「こっち」と「あっち」という明確な境界線は存在しません。同一人物でもある瞬間はこっち、また別の瞬間はあっちというシュレディンガー状態で存在している。こっちとあっちに「質」的な差異はありません。
 かくのごとく人は例外なく、原点座標と外周のあいだに、発達障害者として存在しているんですね。

 前置きが長くなりました。
 ここのところ暫く更新が滞りました。その間何をしていたかといいますと、Uネクストの無料お試しに登録し、『三国史記』「高句麗本紀」を下敷きにした古代史劇「朱蒙」を視聴していました。
 これがまあ、1回70分で全81回、都合94時間30分の大長編でありまして、ところが無料お試しは1ヶ月(31日)。
 頑張って観了いたしました!! しかもお試し期間はまだ10日以上残っているという「体たらく」(汗)
 上記スズキのCMの坊やに対して、私が親近感を抱いてしまうのも宜なるかなではないでしょうか(>おい)\(^o^)/

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月13日(土)19時33分14秒
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   元ツイート

 

     

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月 6日(土)11時19分36秒
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 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月 5日(金)23時36分2秒
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   元記事

 

「静かな終末」拝受

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月 4日(木)22時48分34秒
返信・引用 編集済
   眉村卓『静かな終末』(竹書房文庫、21)を、ご長女で版権継承者の村上知子さまより、版元代送にてご恵投いただきました。ありがとうございました。
 私の大好きな作品集『ながいながい午睡』から、なぜか文庫に入っていなかった28篇が収録され、これで当該作品集の作品はすべて文庫化されました。いやめでたい\(^o^)/

 しかし眉村さんの雑誌初出のままの初期作品は、たぶん、というよりも、確実にこれだけではないはず。第二弾を鶴首したいと思います。〈※そういえば日課第二期(1001話~1778話)も未刊行のままですよね〉

 

 

Re: 眉村さん情報:「三人よれば楽しい読書」

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月 3日(水)23時14分53秒
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  > No.10805[元記事へ]

 承前。寝ているあいだは、無意識が替わりに考えてくれていたようで、朝起きたとき、なるほどそうかと。
 ところが二度寝してしまいました。
 次起きたときには、もう覚えていませんでした(あかんがな)。
 しかし断片は残っていて、それから復元をはかってみました。
 まず思いついたのは、『変なこと、知らんね』は
『変なこと』だけしかあんたは『知らんね』
 の省略ではないか?
 一応通じると思います。
 でも無意識から耳打ちされたのは、そうじゃなかったような・・
 で、沈思黙考(by「オブザーバーの鏡」)
 共通語で「よく言うよ」という言い回しがありますよね。
 「あきれた」という意味で、相手がとんでもないことを口走ったときに使います。
 これ、関西弁だとどうなるでしょう。
「よう言わんわ」では?
 これ分析しますと、「よく言うよ」は「(おまえ)よく言うよ」の( )内が省略されたものですよね。
「よう言わんわ」はもっと複雑。「(あんたそんなことよう言いますな。わたしならそんなこと)よう言わんわ」
 ではないでしょうか。
 つまり主語が客観的相手から主観的自分に替わったわけです。
 これを「変なこと、知らんね」に戻します。
 まず「変なこと」とは実際には「誰でも知っていること」のことです。
「誰も知ってること、(あんた)知らんね」
 なら当たり前に了解できます。
「誰も知ってること」が「変なこと」である条件は何か。
 客観的「誰も知ってること」を「知らん」ということが、主観的に「変なこと」として了解されたからです。
 具体例に当てはめてみましょう。
 赤信号はストップで青信号はゴーですよね。誰でも知っていることです。
 あなたが喋っている相手が、その誰でも知っていることを知らなかった。それが喋っているときに判明した。
 あなたは「そんな(知らないなんて)ことがあるのか」とびっくりします。「それはちょっと変なことやないか」と思いますよね。
 で、思わずそれが口に出るのですが、慌てていて、「そんな、変なことやで。知らんのって」→「そんな変なこと、知らんのかね」→「変なこと、知らんね」
 と変化してしまうというのは、ありえないことはないような。
 ありえないですか? 失礼しました(>おい)\(^o^)/



 

Re: 眉村さん情報:「三人よれば楽しい読書」

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月 2日(火)20時40分55秒
返信・引用 編集済
  > No.10804[元記事へ]

 『三人よれば 楽しい読書』より、「眉村卓 大阪の街角」を読みました。
 これも短いものなので、例の掲示板に格納しておきますね(クリックで拡大)。
 さて、井上ひさし、松山巖、井田真木が、当該エッセイ集をまな板に乗せてあれやこれや語っているわけですが、堀さんが書き込んで下さったとおりで、大変好意的なものでした。
 このなかで、井上ひさしが、眉村さんについて「よく知っている」と言っていて、たしか井上さんがペンクラブ会長のとき、眉村さんが副会長だったんでしたよね。たまに眉村さんが井上さんのことを話題にすることがありましたが、ウマが合っているんだな,ということがお話をお聞きしていてもわかるニュアンスが明瞭でした。
 今調べると、井上さんが会長であった時期は、03年から07年だったようです。
 一方、本書の鼎談は95年から97年にかけて行われたものです。
 会長副会長の関係だったのは21世紀になってからですが、もとよりペンクラブにはそれ以前から在籍されていたわけで、おふたりが懇意になったのはまさにペンクラブにおいてだったのかもしれませんね。もしかしたら、井上さんが会長就任に際して、眉村さんを副会長に引っ張ったのかも(^^;
 井上さんは本文中で、
「僕はご本人を知っているのですが、真面目で誠実な方と思っていたら、こんなに変な方でもあったんですね」
 と驚いておられて、してみますと、この鼎談の頃は知り合いだったとはいえ、眉村さんとの交流はまだ浅かったのかもしれませんね。もちろんレトリックなのかもしれません。
 それはさておき、『変なこと、知らんね』です。
 井田真木子は、この奥さんの言葉から、さも当然のように、
「たしかに眉村さんは、この本を読むかぎり、人が普通に知っていることを知らなくて、知らないようなことを知っている方でして」
 と続けるのですが、私はどうしても繋がらないんですけどねえ。いやもちろん、眉村さんが井田さんの言っている意味で『変なこと、知らんね』を使ったのは明らかです。
 それでも私には、文脈を離れてこの文のみに着目するならば、『変なこと、知らんね』って、逆の意味としか受け取れないんですよねえ。
 識者のご教示を乞います!

 

Re: 眉村さん情報:「三人よれば楽しい読書」

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月 1日(月)22時54分19秒
返信・引用 編集済
  > No.10803[元記事へ]

 堀さん

 ご教示感謝です。
『大阪の街角』は持っているのですが、ちゃんと読んでいませんでした(汗)
 引っ張り出してきました。
 章題は「淡路へ行く」でした。
「勘違い」は堀さんのご記憶どおりでした※※。
 見開き2ページの短いものなので、例の「掲示板」に格納しておきました。ご覧になれる方はどうぞ(^^)
 で、はっと気がついたのですが、「時のオデュセウス」に、
「あんたの知識のバランスのなさには、ときどき、ぎょっとさせられるよ」
 という会話が出てくるのです。
 これ、(私が小松さんに比定した)ピッツが、(筒井さんに比定した)ハークに言い放った言葉なんですが、なんと「淡路に行く」で、「変なこと、知らんね」※のつづきに
「たしかにぼくの知識はアンバランスらしいのだ」とあるではないですか!
 このふたつの「知識のアンバランス」は、たぶん眉村さんの裡では、出所は同じかも。いやたぶん間違いなく同じでしょう。
 しかし、だとしますと「ハーク」こそ眉村さんなんでしょうか?
 いやいや、それはありえないです。
 事実は単純に三人のSF作家に配分した私が粗雑なだけであって、そもそも小説家は、そんな場合、もっと複雑な按配をしている。考えてみればごく当たり前の話ですね。

※この奥さんの言もちょっとわかりにくいのですよね。だからそのつづきで作者が解説しているわけですが、「みんながあまり考えないような分野についていろいろ知識があるくせに、誰でも知っているようなことは知らない」という意味。でもそう自分を説明する眉村さんの口調は、ちょっと誇らしげで自慢ぽいのですよねえ(^^ゞ

※※芦辺さんに、この「淡路」の勘違いをトリックに使った長篇本格ミステリが! 淡路じゃなくて別の地名ですが(笑)

 

Re: 眉村さん情報:「三人よれば楽しい読書」

 投稿者:堀 晃  投稿日:2021年 3月 1日(月)21時39分45秒
返信・引用
  > No.10801[元記事へ]

『三人よれば楽しい読書』は井上ひさし・井田真木子・松山巌の3氏が20年ほど前に連載した書評が今頃(2018)本になったもの。ふたりが故人。
その中で『大阪の街角』が取り上げられていて、たいへん好意的な評価です。
「変なこと、知らんね」は、何か勘違いした眉村さんに奥さんがいった言葉(らしい)。
「淡路ということ」の章で出てくるらしい。
ニュアンスとしては「そんなことも知らんの」のように思えますが、『大阪の街角』に当たらないとわかりません。
これ、SEMBA連載中に読んだはずだが、思い出せません。原本も手元にないので確認できず。
阪急の淡路と淡路島の勘違いのような気がしますが自信なしです。
 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 3月 1日(月)20時36分27秒
返信・引用
 

 歎異抄からロリンズに跳ぶのがなんとも(^^ゞ
 いやいや、ロリンズは求道者ですからいいのか。
「求道者だったから」と書きかけて検索したら90歳で存命。失礼しました。
 事実復帰後は酒も煙草もやらなかったそうで(このへんちょっとあやふや)修行僧めいた生活をずっと続けていたんでしょうね。
 うちは某禅宗で、四十九日のとき来てくれた坊さんが法話でおっしゃっていたのですが、朝起きてから何を行なうか、すべて始祖が定めたやり方があって、それこそ大便のあとの拭き方まで所作で決まっているそうです。
 最初はなんと面倒なと思っていたそうですが、慣れるとこれほど合理的なものはないとわかったとのこと。
 以下は私の全くの想像ですが、もしかしたら性行為も決まりごとがあって、その順番どおりにいたさねばならなかったりして。いや知らんけど(>おい)\(^o^)/

 

眉村さん情報:「三人よれば楽しい読書」

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 2月28日(日)19時28分56秒
返信・引用
   元ツイート

 これだけではどうもニュアンスが分かりませんねえ。
 要確認→『三人よれば楽しい読書』【Amazon


 

Re: 眉村卓が筒井康隆をモデルにした作品とは?

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 2月26日(金)12時39分7秒
返信・引用 編集済
  > No.10796[元記事へ]

尾川さん

お世話になります。お久しぶりです。
いろいろありがとうございます。

筒井さんの新作短篇集『ジャックポット』が出たんですね。
筒井さん、お元気そうで何よりです。
新聞広告勝手に使わせていただきますがm(_ _)m、※
惹句に激しく惹かれてしまいました(ジャックポットだけに>おい)
楽しみです!(^^)

※あ、信天翁さんでした。失礼しました。
 

Re: 眉村卓が筒井康隆をモデルにした作品とは?

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 2月26日(金)12時00分26秒
返信・引用
  > No.10798[元記事へ]

小川さま

小川さまのおかげで、私も新しい発見がありました。
感謝です。

それはそうと、小川さまにご相談したいことがあります。
よろしければ、この掲示板を一番下までスクロールしますと、
「管理者へメール」というボタンがありますので、
そこからご連絡頂けないでしょうか。
お手数ですが、よろしくお願いいたしますm(_ _)m

 

Re: 眉村卓が筒井康隆をモデルにした作品とは?

 投稿者:小川  投稿日:2021年 2月26日(金)11時52分24秒
返信・引用
  > No.10795[元記事へ]

小川です。皆さま、貴重な情報をありがとうございました!

>そこで単なる思いつきなのですが、それは「時のオデュセウス」そのものではないか。

>「ぼくもパロディものを書いた」という言葉を吐かれたときの眉村さんの脳裏にあったのは、この作品であった可能性は十分にありえるように思いました。

なるほど、パロディものというとドタバタものみたいなのを想像していたので、
最初の時はそう読めなかったのだと思います。もう一度読み返してみます。

『静かな終末』は貴重な作品がたくさん収録されるようですね。
遺作だけではなく、未刊行作品集成も刊行されるとは、元生徒としてたいへんうれしいです。
 

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