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今岡と野村

 投稿者:管理人  投稿日:2009年11月 1日(日)14時50分12秒
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  日本シリーズ、の試合結果はさておき、野村の解説に堪能。いやーやっぱりうまいねえ。聞きながら見ると3倍楽しめます(^^;
結局、それは野村が野球というものを「言語化」し得ているからで、それが解説に援用されているわけですね。野村自身、ことあるごとに自分は凡才だったから、すべて考えて(意識化して)身につけた。そうしたからこそ生き残っていけたといっています。対極にいる長嶋はおそらくまったく言語化などしたことがないでしょう。天才はそんなことをする必要がなく、体が覚えていて勝手に反応しているのですね。

ところで昨日うっかり書き落としたのでしたが、樺山三英「すばらしい新世界」に次のような記述があります。

「我々はふつう、成長の過程で、話すことや歩くこと、手を動かすことなど、基本的所作を身につけて行きます。こうした活動はあまりに自然に成されるがために、やがて意識することがなくなっていく。(……)ところがこうした活動にいったん障害が発生すると、元に戻すことは容易ではない。習得自体が無意識裡に成されているため、矯正しようと意識するほど、かえって回復が難しくなる」

これは現象学で<自然的態度>といわれる状態なんですが、メリルはこれを「水というものの存在に最後まで気づかないのが魚だろう」といっていますね。
長嶋型の野球選手はこれなんです。長嶋が38歳で現役引退したのに対して、野村が45歳まで現役でいられたのは(他の要因もありますが)、野球を言語化し得ていたからこそ。不調からの復元も容易だったし、衰えをカバーすることも出来た。

現代の長嶋型の代表選手は言うまでもなく今岡誠です。彼が結局不調から立ち直れなかったのは、長嶋以上に野球を体でしかやってこなかった結果なのではないか。阪神時代、野村と今岡が全然合わなかったのは周知のとおりで、それは以上のことから当然の帰結なんですが、今岡の全盛期の出会いだったのが不運でしたね。今岡の方に聞く耳はなかったわけです。でもいまならどうか。もう今岡自身に自分の野球に対する態度に100%の自信はないでしょう。実は山崎もかつては長嶋型だった。ところがどんどん衰えていくそんなときに野村と出会った。だからその言語化された理論を虚心坦懐に内面化することが出来、復活した。今なら今岡も野村再生工場で十分再生できるはずと私は確信するのですが、それはもはや望めないわけです。野村と今岡は、そもそも相容れることのない星の下に生まれていたのかも知れませんねえ。

ということで、「SFマガジン12月号」の感想文をチャチャヤン気分に格納しました。
 
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