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SFM12月号(4)

 投稿者:管理人  投稿日:2009年10月29日(木)21時06分44秒
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  「アボラ山の歌」追記。

「一瞬の心変わり」と書きましたが、主人公が自身の心変わりを明確に意識して、その行為――母親にボーイフレンドを紹介するという行為に及んだとは、必ずしもみなすことはできないのです。
本篇を既に読まれた皆さんの中には、かかる行為を「心変わり」とみなす私の想定では、「もしかすると、マイケルは母に恋してしまうかもしれない。だけどときには、危険をおかさなければいけないときもある」という主人公の「意識」と矛盾するのではないかと思われるかもしれません。
たしかに一見そう見えます。
しかしなぜ、当初は「ぜったいに会わせないわ」とかたく思っていた主人公が、突如、母親と恋人を引き合わせようなんて、そんな危険な行為に出たんでしょう。まったく筋が通りません。この心理の変化こそ不可解ではないでしょうか。

私にいわせれば、主人公は――いや主人公の意識は、自身の「心変わり」に、実はまだ気づいていないのです。しかし無意識では既に、気持ちはコールリッジに向いてしまっている。コールリッジを知ったことでマイケルへの気持ちはその瞬間に醒めてしまったのです。そこで彼女の無意識は、マイケルと母親とを会わせることで、結果としてマイケルが母親に恋してしまうことを、未必の故意に(但し可能性は100%に近い)望んだ。それはとりもなおさず、(形式的には)自分が振るのではなく、彼女がマイケルに捨てられるというかたちになるわけです。それが彼女には最も「都合のよい」結末なんですね。繰り返しますが主人公(の意識)は、まだそのことに気づいていませんから、意識は「もしかすると、マイケルは母に恋してしまうかもしれない。だけどときには、危険をおかさなければいけないときもある」と合理化して辻褄を合わせてしまっているのです。ふられることで、ふられるようにしむけることで、マイケルとの関係の清算を、主人公は無意識裡に図った。そう考えれば、この一見不可解な彼女の行為が、実はまさに合理的合目的な行為であったことが浮かび上がってくるばかりか、この言葉がそこにおかれていること自体が、私の推理の正しさを証明しているように思われます。
 
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