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みなさん、本日発売の週刊文春の記事、「箸墓古墳「卑弥呼の墓」にダマされるな」はもう読まれましたか? 私は早速コンビニで買ってきました。
国立歴史民俗博物館が、箸墓の築造年代は「240年〜260年」で確定したとして、卑弥呼の墓に間違いなしと発表したことに対して、各所より(畿内説の学者からすら)猛反発が起こっているんだそうです。安本美典がその急先鋒らしいのですが、それはある意味当然なんですが、意外にも橿原考古学研究所の方も否定的であるとなると、これは等閑視するわけにはいきません。
記事をよく読むと、要は現代の技術では、ピンポイントで「240年〜260年」と限定することは不可能なはずなのに、牽強付会すぎるということのよう(記事によれば年輪年代法による較正も決め手にはならないらしい)。「はじめに結論ありき」「強い操作性」「出したい結果」「奈良には畿内説の研究者が多いのですが、歴博の結論に賛成している人はほとんどいないと思います」といった強い調子の言葉が並んでいます。
いまや畿内説はほぼ確定しており、箸墓卑弥呼陵説はオロモルフ博士も主張されているようにきわめて信憑性が高いと私も(今では)思っています。
しかしそれを、「強い操作性」で結論付けられては、むしろマイナスにしかならない。畿内説論者がほとんど賛成していないのもそういうことなのでは。
ではなぜ歴博は結論を急ぐのか。
「この研究には文科省から4億6千万円の補助金が出ている」ことが関連しているのならば、学問とはなんであるのかと首を傾げてしまいますね。
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