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Re: 「霧に沈む戦艦未来の城」読了

 投稿者:堀 晃  投稿日:2017年 8月23日(水)20時36分29秒
返信・引用
  半世紀以上前の話題の繰り返しになって申し訳ないです。
第一回文芸賞が1962年だったのですね。

1962年「文芸」8月号 福田紀一「霧に沈む戦艦未来の城」
1962年「SFマガジン」10月号 小松左京「易仙逃里記」
1962年 第1回文芸賞 高橋和巳「悲の器」受賞 年内刊行?

京大三人衆が半年以内に揃ってデビューを果たしていたのですね。
それぞれの作品は読んでいましたが、3氏が学友であったと知ったのは数年後で、こんなに短期間に集中していたとは、今まで気づきませんでした。
 
 

Re: 「霧に沈む戦艦未来の城」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月23日(水)12時55分49秒
返信・引用
  > No.7994[元記事へ]

 堀さん、大変失礼しました。
「初対面」という単語が頭に残っていて、何故かそれを福田紀一さんのことと脳内で合成してしまったようですm(__)m。

 国立国会図書館の検索の結果がここで、1962-8となっています。1962年8月号という意味だと思います。ただこの年の文芸は10回しか発行されていないようで(他の年は12回)、当号はその6回目の発行であったことがわかります。8月号なのにバックナンバーは6?
 そういえば、他の年は12回と書きましたが、国会図書館には前年1961年分の所蔵がありませんね。
 あれ、とウィキペディアをみたら、57年に休刊し、62年から復刊しているようです。3月号から復刊したということではないかと思います。(面白いのは復刊と同時に募集された第一回文芸賞を受賞したのが高橋和巳「悲の器」なんですね)。

 目次を見ると仰るとおり巻頭で(厳密には西脇順三郎の巻頭詩があるのですが)、14p~50pまで37ページの中篇だったようですね(扉含む)。
 次の中里恒子作品が22頁で80枚と記載されています。扉を引いた21頁で割れば3.8枚/1p
 (37-1)x3.8 ≒ 137枚
 結構なボリュームですね。

 ところでモデル説にこだわりますが、これだけ暗合が揃うと、思いついた者としては捨てがたいですねえ(>おい)、堀さんのことを全く知らなかったのかどうか。
 関西のSF作家グループとはほとんど交流がなかったのでしょうか。小松さんの自伝にも、福田さんとの交流はほとんど記されていなかったと思います。評伝的な資料にもあまり見当たりません(そんなに網羅的に読んではいないので見落としているのかもしれませんが)。
 どこかの時点で疎遠になったのでしょうか。
 1977年の大フィル祭りには、小松さんとともに福田さんも名を連ねておられて、そのとき生涯に一度だけ拝顔し、(裏方をしていたので)声をかけていただきました。少なくともこの頃までは仲がよかったということだと思うのですが。
 お孫さんが評伝を執筆中とのことですが、福田さんとの交友もしっかり調査していただきたいです。京大作家集団と小松さんの関係にはとても興味があるので(^^;


 

Re: 「霧に沈む戦艦未来の城」読了

 投稿者:堀 晃  投稿日:2017年 8月23日(水)05時50分23秒
返信・引用
  > 木田氏は小松さんの前に「放送朝日」にも書かれていたはずで、

あ、木田氏じゃなくて福田氏です。早朝で(早朝に限らずですが)アタマがボケている。
 

Re: 「霧に沈む戦艦未来の城」読了

 投稿者:堀 晃  投稿日:2017年 8月23日(水)05時46分14秒
返信・引用
  >  面識がおありになると知って、

いや、ぼくは福田紀一氏と面識はありませんし、モデルではあり得ません。

「霧に沈む戦艦未来の城」の掲載号が思い出せない(たぶん残してない)のですが、1962年6~9月号のいずれかであるのは確かです。中篇で巻頭に掲載。
「易仙逃里記」がSFマガジン1962年10月号(書店に並んだのは8月25日)で、その2、3ヶ月前だったはずです。
木田氏は小松さんの前に「放送朝日」にも書かれていたはずで、このあたりが京大人脈でしょうね。
 

Re: 「霧に沈む戦艦未来の城」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月22日(火)22時28分11秒
返信・引用
  > No.7991[元記事へ]

 そういえば、中之島・未来の城化計画責任者の堀蔵人次官という登場人物がいるのですが、これ、堀晃さんじゃないのかな(モジッたんじゃないかな)とずっと気になっていたのです。
 面識がおありになると知って、いよいよホントらしく思えてきました(^^;
「堀次官も出世したもんやなア。わしが役所におったころは、まだ主事やったのになア。剃刀やという評判はあったが、それにしても異例の出世や。会うたら、わしがよろしゅういうてたと伝えといてや」(26p)
 もっとも、堀蔵人は「ほり・くらと」でして、「くらと」は「暗人」に通じます。闇です。一方、堀晃さんの晃は、ディッチ・サンシャインと言われるように、光明の意味がある。つまり暗人とは真逆なんです。いやそれもそのはずで、この堀蔵人(以下略)……

 

Re: 「霧に沈む戦艦未来の城」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月22日(火)21時42分56秒
返信・引用
  > No.7990[元記事へ]

 堀さん、ご教示ありがとうございます。

>ぼくは「アパッチ」が「未来の城」の影響を受けたのだと思ってました
 なんと、そうだったのですか!
 本篇の原型中篇がアパッチより1年も前に発表されていたとは! 私は、影響関係といえば専ら[小松→福田]だとばかり思い込んでいましたので、それが逆だったとは青天の霹靂でした!

 ところで、
>戦艦は中之島図書館の本を燃料にして
 ここが原型と長篇では決定的に違っているようですね。
 長篇では「放屁型ジェット噴射エンジン」(とは書かれてませんけど)になっています。
 燃料は(夢の城には沢山の人間が住んでいるので)大量に出る生活ゴミ、生ゴミなんです。堀さんは既読と思いますがここ面白いので(当板の読者に向けて)説明させてください(引用は模型での実験です)。未来の城のエンジンは人間の消化器官とよく似ていまして、大量のゴミは胃にあたる部分でミキサーにかけられ粉砕されて十二指腸から大腸に送り込まれる。
「大腸の中はガスが充満し、太い腸は膨れ上がっていかにも苦しそうだ。ゴップは発進のスイッチを入れた。すぐスクリューの位置にある噴出口からガスが噴出し、その勢いで、固定してあるはずの船の模型が前に飛び出そうとして、ピョンピョンはねる動きを示す。「こいつは大変なおならだ」とトらやんがあきれたようにいう」(62p)
 で、(先項で書きました)未遂に終わったエンジンを止める薬品とは、主人公らが広告を受け持った新開発の「おならを止める」整腸剤なのでした(^^;

>ぼくには、最初の中篇の印象が圧倒的に大きいのです
 そうなんですね。いや中篇版を読みたくなっちゃいました(^^;
 大阪府立図書館で検索しましたが、文芸の当該号はヒットしません、というか個々の号が出てこないです。検索がへたなだけかもしれませんが。
 国会図書館は所蔵していました。遠隔複写サービスが利用できそうなのですが、登録が必要なようで、申請書に記入して郵送しなければいけないとのこと。ちょっと出鼻をくじかれてしまいました(ーー;

 

Re: 「霧に沈む戦艦未来の城」読了

 投稿者:堀 晃  投稿日:2017年 8月22日(火)17時02分56秒
返信・引用
  > No.7989[元記事へ]

「霧に沈む戦艦未来の城」と「日本アパッチ族」の関係ですが、ぼくは「アパッチ」が「未来の城」の影響を受けたのだと思ってました。
NULL同人間で「霧に沈む戦艦未来の城」が話題になったのは1962年8月(関西SFの集いで、小松さんと初対面の時)で、その後、古本屋で河出発行の「文芸」バックナンバーを見つけて読んだのを覚えております。「文芸」の1962年初夏に出た号に掲載された中篇です。
この時点で「日本アパッチ族」は執筆中だったはずで、1964年に出て、主人公の名が木田福一なのは「未来の城」へのオマージュだと思いました(ただし、小松さんの自伝によれば、もっと前に福田紀一氏の(たぶんVIKING掲載)神武天皇の水軍が淀屋橋に上陸するという話を面白いと思って名前を借りたそうですが)。
もとの中篇には、西日本独立の体制などの記述はなく、戦艦は中之島図書館の本を燃料にして、大量の扇風機を回して走る方式でした。
1975年に長篇化されますが、二毛親分の造形の影響や「太陽の塔」が出てくるのは「アパッチ」に対する返礼?かもしれません。
ともかく、ぼくには、最初の中篇の印象が圧倒的に大きいのです。
 

「霧に沈む戦艦未来の城」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月21日(月)22時49分29秒
返信・引用 編集済
  > No.7988[元記事へ]

 福田紀一『霧に沈む戦艦未来の城』(河出書房、75)読了。

 本篇の時系列で2年前、東京大阪間にリニアモーター新幹線が開通した日、その就業式典において東京都知事がうっかり口を滑らせた京阪神”ットタウン化”発言が、西日本独立の引き金となります。
 都知事は「東京大阪間が1時間半で結ばれるようになって、京阪神を”ットタウン”として東京ヘ通勤する人も出るだろう、と言ったつもりだが、入れ歯の調子が悪かったのだろう、そのように聞こえたのなら申し訳ない」と弁明したのですが、それもまた不謹慎と火に油を注ぐ。
 こうして独立した西日本国の版図は、滋賀と岐阜の県境、つまり関ヶ原で日本国と国境を接することになる(単なる通過駅だった米原は、その結果東の終着駅となり、国境の町として発展します)。
 北は福井と石川の境界が国境となり、西端は山口。九州は日本国に残る。ややこしいのは四国で、香川徳島は西日本国に加わるも、愛媛高知は日本国に残ります。
 実はこれ、弥生人の版図と縄文人の版図に一致しているのですね。小説だからでしょうか明確にそう書かれてはいませんが、これは偶然ではなく意識的な版図設定と信じられます。
 もともと日本の人類学は、弥生人→縄文人進化説(単系連続説。東大学派)と弥生人・縄文人別系統説(不連続説、混血説。京大学派)が並立していたのですが、本書が書かれた1975年当時にはだいぶ別系統説が有力になっていました(1990年の埴原和郎二重構造説は決定打でした。埴原は東大ですが)。
 また著者は京大で小松左京のお友達でしたから小松を介していわゆる京都学派とも親交が深かったと思われます。当然そのような知識は持っていたでしょう。というかむしろ渡来説は著者の嗜好にマッチしていたはず。本書でも、大阪人は平和な縄文人である東京人と違ってそのような立場に置かれれば簡単に人殺しもできる。なぜならもとは大陸からやってきた弥生人の末裔だから、みたいなことを書いています(ちょっと探し当てられず該当頁は不明)。

 お話し戻して――。西日本は独立し、ちょっと社会主義に似た体制になります(顔も経歴も不明な三十六人衆が支配する寡頭体制。ただし三十六人衆は誰でもなれる。顔を隠しているので誰でも入れ替われる。つまりポピュリズムなんです。ここは日本アパッチ族の二毛次郎がスターリンの茶化しだったのを意識して、と言うか対抗して、似非社会主義の今一つの存在可能態をカリカチュアしているのではないでしょうか)。従業員50人以上の会社は国営化されます。その結果「広告」というものは不要になる。しかしだからといって広告業従事者を路頭に迷わせるわけにもいかない(テレビはドラマよりもCMのほうが面白いというファンもいる)。ということで、広告代理店は「関係省人間関係局広告三課」という役所になり、細々と広告を作ることを許されています。
 主人公も、元広告代理店の営業でした。彼の友人は「実さい”盲腸”づとめもうんざりだな」というのですが、その心は、競争のない経済下での広告の仕事など、あってもなくてもよい盲腸のようなもの、という意味なんですね。

 ところで、西日本国は自衛の軍備はあるのですが、またも負けたか八連隊のお国柄、東京政府に軍事力で勝てるはずがない、と端から諦めています。
 そこで中之島を巨大船舶化し(戦艦未来の城と名付けられる)、そこに東日本などはるかに及ばない文化遺産を詰め込み(金閣寺も太陽の塔※も細かく切り刻んでバラバラにして)、一旦事あればそのまま海上に逃げる、もしくはヨーロッパに文化使節として渡航したりできるようにします。
 中之島戦艦化も文化財積み込みもほぼ終わり、あすにでも出航できるという日、主人公は、未来の城計画が変更され、中之島は東京湾に向かうことを知ります。
 実は西日本独立は東京政府の差し金だったのです(三十六人衆はほとんど東京政府の意を受けたスパイだった)。西日本など軍事力でいつでも灰にできるのですが、文化財は惜しい。そこで西日本の貴重な文化財を中之島に避難させてしまえば、もう後顧の憂いはありません。西日本国は敵対する外国でその国民は同胞ではない、外国人なのですから人道的配慮も必要ない、絨毯爆撃で人口を3分の一に減らし、山脈を爆破して土地を平坦化し、デンマークのような農業地帯にしようという深謀遠慮だったのですね。つまり一種の植民地化です(食料自給?)
 それを知った主人公は、三十六人衆の中で二人だけスパイでなかった指導者とともに、戦艦未来の城の出航を阻止せんとゲリラ戦を仕掛けるのですが……

 いやなんか、どうも平仄が合わない。もしかしたら夢なのかもしれません。たとえば主人公は未来の城のエンジンを無効化する薬品を燃料パイプに投入します。しかしそれはバレていて薬品は回収されてしまうのですが、どのように未然に回収したかというと、回収者は、それを自分が吸っている煙草のパイプから引き出してくるのですねえ。リアリズムとしてはありえないわけです。
 夢というよりも、むしろ安部公房の小説世界みたいな作りなのかも。現実に見る夢ではなくて、夢の論理が通用する現実を舞台にしているのかもしれません。※※
 ですから霧の中に消えた戦艦未来の城は一体どこに向かったのか、4つの相反する証言が記述されていますが、すべて(この小説世界の論理では)事実だったのではないでしょうか。

 本書、もちろん絶版ですが、アマゾンのマケプレにも出品がありません。超稀覯本なんです。これがふつうに読めないなんて、まったくもったいない話じゃないですか。このような本こそ、優先的に電書化してほしいものですねえ。

※間違えた。太陽の塔は艦尾に建てられ、去りし方に惜別の笑顔を振りまいているのでした。
「何ということだ。太陽の塔は子供じみた顔でだれかれ構わず笑顔をふりまき、どこにあったのか、小さな手を高くさしあげて、別れの合図を送っていた……」(246p)

 それにしても中之島が淀屋橋を引きちぎって川を下り始め、市役所や図書館や中央公会堂が緩やかに移動していくのを対岸から主人公が見送る描写は、愛惜感にみちて絶品!

※※あ、そもそもの冒頭、主人公は目覚まし時計のメロディで起こされるのですが、「もしもしカメよ」の筈がなぜか「エリーゼのために」に変わっている。不思議な事もあるものだと主人公は首をひねるのですが、そのとき既に主人公はアンリアル・ゾーンに移行していたのかもしれませんね。

 

「霧に沈む戦艦未来の城」に着手

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月20日(日)15時15分46秒
返信・引用
   福田紀一『霧に沈む戦艦未来の城』に着手。160頁まで。

「西日本独立とともに、京都は再び政治都市として返り咲いた。それまで、京都は、プライドが高いくせにケチな人間が住んでいる町ぐらいにしか考えられていなかったのだが、西日本の独立が、京都を舞台にして、京都の知識人たちの指導で実現して以来、権謀術数の町としての名誉を回復したのである」

「大阪は3つの都市の中でいわば胃袋である。どんなものでも咀嚼してしまうが、吸収することはない。いたずらにふくれ上がることしかできない」「大阪にも知識人はいるが、おかしなことに、彼らには知識人でないふりをしたがる性癖がある」「この街の知識人ほどロマンチックな人種はない」

「神戸はもっとも文化的な町である。古いものがないから、することなすこと、思いもしなかったことがすべて文化的となるのである」「阪神間に移り住んだ大阪の富豪の二世たちが、大阪の富をこやしにして神戸の文化の担い手となった」


 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月19日(土)01時25分36秒
返信・引用
   元ツイート
記事を読む     


 

Re: 「カルパチアの城」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月18日(金)13時10分1秒
返信・引用
  > No.7985[元記事へ]

 わ、いま下の書き込みを読み返していてとんでもない思い違いに気がつきました。
>中2の3学期から読書ノートをつけていまして
 事実は中1の三学期でした。確認したところ69年3月15日以降、メモを付け始めていました(実際は2月からつけ始めているのですが日付の記入がなく、購入日付記入を最初に行ったのが3月15日なのです)。
 ですから、
>ヴェルヌは小学高学年から中2にかけて(66~69)
 は間違い。「小学高学年から中1にかけて(66~68)」(もっと正確には69年1月まで)が正しい。

 嗚呼、どんどん記憶が模造記憶に置き換わっていきますなあ。
 もう5年もすれば正確な記憶は脳内で腐ってしまってすべて偽記憶に置き換わってしまっているのではないでしょうか。
 ですから今回の書き込みのような記述は、正確を期して書き残しておかなければいけません。そんな厳密に書いても仕方ないやんと思われるでしょうけど、今後書かれたものだけが頼りになってしまうんです。重要な作業で(また書くことで記憶が甦る場合もあり)徒や疎かにはできません。ですからこれは非常に大事なことなんです!!

 閑話休題。
 ところで、『カルパチアの城』を読んだ下限が69年1月となりますと、読んだ時期をかなりタイトに推定できます。
 というのは、偕成社版ベルヌ名作全集11は、AMEQ LISTによれば68年11月刊行なんです。これが上限。
 したがって私が読んだのは68年11月~69年1月までの足掛け3ヶ月の間のどこかということになるわけです。つまり私はほぼ新刊で読んでいたのですねえ。
 しかし図書館に新刊本が入るのは、一か月は待たないとしてもニ、三週間遅れるのが普通ですよね。としますと、中央図書館に本が入ったのは、確実には68年12月でしょう。私は12月~翌1月の、2ヶ月の間に読んだことになる。ひょっとしたら中央図書館で偕成社版ベルヌ名作全集11を第一番に読んだのは私だったのかもしれません(^^;

 

「カルパチアの城」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月18日(金)01時34分18秒
返信・引用 編集済
   ジュール・ヴェルヌ『カルパチアの城』安東次男訳(集英社文庫、93)読了。

 ブックオフで見つけて、おお懐かしいと買ってしまいました。
 ヴェルヌは小学高学年から中2中1にかけて(66~6968)大阪市立中央図書館の小中学生室でむさぼり読んだのでした。月世界旅行や地底旅行や海底2万里みたいな有名どころは既に読んでいましたが、『悪魔の発明』や『空中戦艦』などはそのとき読んだ。そのなかに『カルパチアの城』もあって、非常に面白かったという記憶が残っていたのですね。なぜ中2と確定できるかというと、中2中1の3学期から読書ノートをつけていまして、それには本書は記録されていないからですね。
 本書の元版は、AMEQリストで確認したところ、訳者が同じなので集英社コンパクトブックス版ヴェルヌ全集6であると思われます。68年刊ですので、昔読んだのはこの翻訳だったのかな、と一瞬思いましたが、古い文体(訳者は1919年生れ)な上描写が細かく、これは完訳で間違いない。今回読むのもちょっと鬱陶しかったくらいなので、これではありません。
 偕成社版ベルヌ名作全集11、これだと思います。訳者は塩谷太郎で68年刊。こちらは抄訳だったんでしょう。

 で、本書ですが、前半は難渋しました。メインストーリーにさほど関わってくるわけでもない描写が続くのです。実際に物語が始まるのは、250頁中70頁あたりから。主人公が登場するのはさらに遅れて120頁からなんですね。つまり主ストーリーは正味150ページ程度の中篇といえる。
 ただ19世紀末ルーマニアの僻地が詳細に描写されているので人によれば(特に19世紀末20世紀初頭の読者は当時のヨーロッパの最辺境であるルーマニアの)異国風景を楽しんだのかもしれません(解説によれば原書は1892年発行。ストーカーの『ドラキュラ』が出版される3年前なんですね)。
 ストーリーは覚えてませんでしたが、当時の先端科学技術である「電気」を用いたトリックは、それが出てくるたびに「あ、これはあれや」と思い出せた。当時はよほど心躍らせて読んだ証拠ですね。でもいま読むと、「それはないやろ」という感じで、思ったのは乱歩の通俗ものや少年ものの科学を用いたトリックとの類似でした。いやまあヴェルヌは当時の最先端科学を援用しているわけで、乱歩とはぜんぜん違うわけですが、今日の目で見ると、あまり違ってないようにみえるわけですな。
 でもヴェルヌは「あなたは、超自然的な存在に攻撃されたと信じておられる。だが、わたしはそうは思わない。超自然的な存在も、悪意の存在も、善意の存在もないと考えるからです」(163p)と書いており、存在には善意も悪意もないと言い切るところなど、19世紀に確立した自然科学の申し子であったのは紛れもないですね。

※訂正線の理由についてはこちら

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月17日(木)20時58分34秒
返信・引用 編集済
   元ツイート

 

Re: 40年ぶり新開地に本格的な寄席の灯がともる

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月17日(木)01時49分11秒
返信・引用 編集済
  > No.7982[元記事へ]

 雫石さん
 繁昌亭も当初はいつまで保つかという悲観的な意見もあったように思うのですが、いざ蓋を開けてみれば想像以上の繁盛ぶりです。その成功にはどんな要因があったのか。
 ちょっと調べてみました。
 繁昌亭は10年前、2006年(平成18年)に開席されたんですね。
 ところで、大阪市の人口は、昭和40年に316万人を記録して以降、ず~~~っと減少し続けていたのですが、開席の1年前の平成17年から再び増加に転じていているのです(図表1-1-1-1)←クリックで引用元。
 つまり繁昌亭は大阪市の人口減少が底を打ったその翌年に始められたのでした。このタイミングは絶妙だったと思います。
 (図表1-1-1-1)は平成22年までですが、その下の「表1人口の推移」で、平成18年から去年平成29年までの大阪市の人口の推移が見れます。この10年間、増加傾向が維持されていることがわかります。
 つまり繁昌亭の繁盛は、大阪市の人口が増加に転じたことも要因のひとつとして認められるのではないか。(大阪市の人口回復の要因は地価が下がってこれまで郊外に住居を求めていた層が市内に住めるようになったからのようです)
 それはそうと、毎日開かれている定席はどのようなお客さんに支えられているんでしょう。
 基本的に、近所の人が、寄席でも見に行くかと、普段着で行くものだと思います。遠いところから来る人もいるでしょうがそういう人は休日や週末に偏ると思います。平日を支えているのは近隣客なんです。(御堂筋あたりの会社に通勤する(市外の)サラリーマンも無視できないでしょう。これは人口動向に上乗せされる要因だと思います)。
 そこで「表4人口増減数(上位7区)」を見ますと、大阪市内で凸凹があり、増加しているのは中央区、北区、西区なんですね(リンク先に下位7区が載っていて、いわゆる湾岸区は減少しているんです)。
 この3区はまさに繁昌亭の近隣地区ではないですか。
 このように見てきますと、繁昌亭の成功は、大阪市の人口回復にうまくハマったからといえるのではないでしょうか。
 喜楽亭の場合も、神戸市の人口動向は調べていませんが、同様の傾向があるのではないかと思いますので、うまくいきそうですね。


 

Re: 40年ぶり新開地に本格的な寄席の灯がともる

 投稿者:雫石鉄也  投稿日:2017年 8月16日(水)23時03分36秒
返信・引用
  > No.7981[元記事へ]

私も、この名前公募に応募しました。
「新開地ええとこ亭」というので応募しましたが。
落選でした。
「神戸新開地 喜楽館」より「新開地ええとこ亭」の方がええと思うのにな。
落語好きな私は、ここにはたびたび行くでしょう。

http://blog.goo.ne.jp/totuzen703

 

40年ぶり新開地に本格的な寄席の灯がともる

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月16日(水)21時21分35秒
返信・引用 編集済
   元ツイート


 

チャチャヤング・ショートショート・マガジン5号(通巻7号)

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月16日(水)21時03分52秒
返信・引用
   和田宜久さんからチャチャヤング・ショートショート・マガジン5号(通巻7号)用の原稿を拝受しました!
 和田さん、この時期は本業の最繁忙期なんです。お盆休みで仕上げてくださったそうで感謝感激!
 さっそく読みましたが、出来上がりも素晴らしい(^^) ブログに上げられた掌篇(10枚)が改稿されて、30枚の堂々たる短篇に仕上がっています。ノスタルジックでいいですよー。
 これは誌面で服部作品と並べたいですね。いろいろアイデアが浮かんできました(^^;
 ということでレギュラーメンバーの方からはほぼ送っていただけましたかね。
 現在のところ、7名の作家による(掌篇集1本を含めて)9本の作品が集まりました。合計310枚、170頁になりました。まだ10頁(実質8頁16枚)余裕があるんですけど(^^;

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月16日(水)19時33分22秒
返信・引用 編集済
  元ツイート

 

チャチャヤング・ショートショート・マガジン5号(通巻7号)

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月15日(火)21時33分58秒
返信・引用
   NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」見られました? 敗戦とは決して言わず終戦と言い換えし続けるあべっちも見たのかな(>おい)(^^;

 深田亨さんからチャチャヤング・ショートショート・マガジン5号(通巻7号)用の玉稿が届きました!
 深田さんも2本書いてくださいました。1本は、著者にはめずらしい宇宙SF(20枚)で、ちょっと辛辣なところもがあって、そんな意味でも新境地かも(^^)
 もう1本は掌篇集(50枚)。こちらは深田さんの本領が発揮されていて、不思議なゆくたてに説明はなく、それがなんともいえず不気味、不穏で、すぐ理屈やオチを求めたがる私には、なんとも居心地の悪い不安な気持ちにさせられます(もちろん良い意味で、です(^^;)。

 これで現在のところ280枚、各篇とも扉や余白等を勘案して150頁くらいでしょうか。枚数も締め切り(8月末日)もまだ余裕がありますから、あせらず力作をお願いしますね(^^)

 

小池真理子「恋」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月15日(火)13時29分5秒
返信・引用 編集済
  > No.7976[元記事へ]

 小池真理子『恋』(新潮文庫03、元版95)読了。

 1972年2月28日、浅間山荘落城の同じ日、山荘から直線距離で8キロも離れていない軽井沢で殺人事件が起る。大学助教授夫妻の別荘で、助教授の翻訳の仕事を手伝っていた主人公の女子大生が、当時別荘にいた地元の電機店の若者を別荘に保管されていた猟銃で射殺、止めに入った助教授にも大怪我を負わせたのです。若者は助教授の妻の不倫相手で、助教授を慕っていた主人公はそれを咎めているうちに逆上してことに及んだ。表向きはそういう次第だったのでしたが……

 話は主人公が夫妻と出会う以前、過激派の学生と同棲していたところから始まるのですが、その学生とは夫妻と出会う直前に別れてしまいます。学生との生活は(学生が病気になったこともあって)貧窮の極致(とはいえ当時の一般的な苦学生の生活レベル)、一方夫妻と付き合うようになってからは、軽井沢に別荘があるようにブルジョワの高等遊民の生活を主人公は味わうことになる。この対称性も著者の描きたかったものでしょう。
 いずれにしろ、学生運動は背景でしかなく、そういうのを期待して読み始めたので、あれ、と思ったのですが、70年代初頭までは確かにあったブルジョワ高等遊民の世界は、どことなく澁澤龍彦を髣髴させ(具体的には高橋たか子『誘惑者』に出てくる澁澤をモデルにしたと思しい大学教授夫妻を想起したのでしたが)、そういう意味でも「時代性」はたっぷりと感じられる小説でした。
 本篇の夫妻の生活も、保守的な人から見れば眉をひそめるような、ある意味悪魔的な夫婦なのですが(そして主人公を巻き込んだ三位一体の生活も)、そこにさらに一枚組み込まれてきた電機店の若者は、彼らとは異質な悪魔性を発揮し、三人のユートピアを崩壊させるのです。
 ただこの若者は外的に描かれるばかりなので、いまいち鮮明な像を結ばないのですね。ものすごく哲学的なのかと思えば、実際は教養のない、社会の暗黙の諸規範を無批判にアプリオリに内面化した単なる現実原則主義者のようにも思われるのです。
 そういう意味で、阿刀田高の解説に本篇の(数少ない)弱点として「ミステリーを書く作家のつねとしてサービス精神が多くなり過ぎ、最後にいくつもの結末をつけてしまったこと……。微妙なところだが平仄の合わない部分を少し残したほうが余韻があってよかったのではないか」と書いていて、たしかに三位一体が解釈されてしまってがっかりもしたのですが、最大の謎は謎のまま残されているような。ドストエフスキーとはいいませんが(^^;、阿刀田高には若者の存在は謎ではなかったんでしょうかねえ。いやそこは謎のままだから阿刀田さんもオッケーだったのかな。

 

小池真理子「恋」に着手

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月14日(月)22時59分5秒
返信・引用 編集済
   『NHKスペシャル 樺太地上戦』なかなかよかったですね。籾井の呪いが解けたんでしょうか(>おい)(^^;

 いま、『夜の谷を行く』に引きずられて、浅間山荘事件の頃を舞台にした小池真理子『恋』を読んでいるのですが(現在310頁)、テーマとは無関係なところがちょっと気になったので、メモ。
 それは主人公らが軽井沢の別荘でハシシを吸う場面――
「ハシシは二本あった。私は新太郎と、雛子は副島と、それぞれ交代で吸い続けた」「新太郎が部屋の明りを消し、レコードをかけた。サンタナの”ブラック・マジック・ウーマン”が流れ出した」
 うーん。選曲はたしかにバッチリなんですけどね……ただこの曲、アルバム『天の守護神』A面の2曲目なんです。わざわざ針を合わせてかけたんでしょうか。アナログですから当然手作業です。ボタンポンで音が出てくることはありません。私の記憶でも、曲と曲の間にぽとんと針を落とすのは至難とはいいませんけど、けっこう神経を使ったと思います。そんな面倒臭いこと、ハシシに酔っていてできるでしょうか。(カセットに録音していたのならわかりますが、「レコードをかけた」となっていますからそれは無視できます)
 もしかしてシングル盤をかけた? いやいや、連続して移るジプシークイーンを入れてもせいぜい5分ちょっと。すぐに終わっちゃいます。いくら雰囲気のよい曲でも、5分でしんとなってしまっては白けそうな。※
 結局「ブラックマジックウーマン」なんていう個別的な曲名を出してきたのが失敗だったんですね。
 知っている者は疑問を持ちますし、この曲を知らない読者(昔はともあれ、21世紀の新しい読者にはかなりありえるでしょう)には「サンタナの”ブラック・マジック・ウーマン”が流れ出した」なんて書かれてもナンノコッチャですよね。
 ここはやはり星新一の法則、固有名詞を出さないのが正解でしたね。たとえば「最近流行りのエレキギターの音色(加工処理されていると噂のある)が官能的退廃的な西海岸のロックミュージック」とか。あ、ダサいですかダサいですね。「ギターの音色が官能的なロックミュージック」でいいのか。著者ならもっとふさわしい文章がかけるでしょう(汗)

※後記。リピート設定にしておけばブラック・マジック・ウーマンから始めても1曲目に戻りますね。それなら延々サンタナがかかっているわけで、その可能性は否定できませんね。あっ、だったらシングル盤をリピート設定にしてかけたのかも。これが一番正解みたいな。でも音楽の素養もある大学助教授がちまちまシングル盤を聴きますかねえ。
 

米軍作成空襲用地図

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月14日(月)14時52分8秒
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戦前の日本へGO!←あ、大阪、神戸はないのか!(吹田みつけた)



 

Re: 宇治電ビルの上下版ですね

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月13日(日)16時45分24秒
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  > No.7973[元記事へ]

 ちょっと運動神経の鈍い主人公が、自動式の回転扉になかなか入れず、しかし意を決してようやく飛び込んだまではよかったのですが、今度は出るに出れなくなって延々扉と一緒に回り続けるというショートショートがありましたよね。筒井さんでしたっけ。それともアメリカのギャグ漫画か何かで見た記憶かな。


 

宇治電ビルの上下版ですね

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月13日(日)16時39分7秒
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 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月12日(土)17時29分57秒
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チャチャヤング・ショートショート・マガジン5号(通巻7号)

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月12日(土)14時11分16秒
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   岡本俊弥さんからチャチャヤング・ショートショート・マガジン5号(通巻7号)用の原稿が届きました(^^)
 今回、岡本さんは2本送ってくれました。どちらも約30枚の短篇。例のsway連載からのセレクトなんですが、だいぶ推敲改稿されているようです。
 この二作については、あまりヒントになることは書きません(作品を特定されて吹聴されてもナンなので。SFファンには好んでそんなことをしたがる人がいるんですよね>あ、オレか)(自爆)
 ただ言えるのは、両作品とも、人類の(自立的な)未来の展望は開けそうにないことですかねえ(^^;

 ということで、現時点では岡本作品2本60枚に加えて、服部作品60枚、篁作品50枚、雫石作品30枚、大熊作品10枚、で計210枚となりました。雑誌の頁数で100頁強。180頁※くらいまで大丈夫ですのでまだまだ余裕があります。みなさん奮って力作を送って下さいね!

※いや180頁を越えたって原理的な問題はないのですが、今回、手作り雑誌はもちろん従来通り作るのですが、別途オンデマンドにも挑戦しようかなと思っていまして、180頁だと840円程度の頒価で作れるんです(150頁だと750円程度。送料別)。送料込みで1000円位が値ごろかなと思っているわけです。ですから雫石さんのオンデマンド本早く見たくて仕方ないんですよねえ(^^ゞ


 

雫石鉄也「首」を読んだ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月11日(金)20時50分33秒
返信・引用 編集済
   雫石鉄也「首」を読みました。4枚ほどの掌篇。
 最近、急に出張が増えた夫に、妻が疑惑を感じ始めます。今日も今日とて九州だといって出かけた夫。でも、人事部なのにそんなに出張があるものだろうか。
 ここで私、「あ、わかった」と思いました。鍵は人事部。しかもタイトルをみれば「首」。
 人事部の夫は、折からの業績不振で人員整理担当となってしまい、それで走り回っているのですね。そしてラストは、役目を果たした夫が帰宅して妻に、今日会社に辞表を出してきたというんです。たくさんの社員をやめさせた自分が、のうのうと会社に留まる訳にはいかない、と。
 ま、面白いけどありきたりの人情話やな。
 したり顔で最後まで読んだ私、あちゃー全然ちゃうがな(汗)。
 この意外な結末は流石に予測できませんでした。不条理掌篇? そうしますとタイトルの意味は……!?



 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月11日(金)18時01分2秒
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岡本俊弥「円周率」を読んだ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月10日(木)21時01分25秒
返信・引用 編集済
   岡本俊弥円周率を読みました。ニューシルヴァーバーグならぬニューオカモト丸2年で、24作目とのこと。平均、じゃなくて一番分厚いところは25枚あたりでしょう(リンク先にその理由が書かれています)。毎月25枚程度をコンスタントに書けるのは、私などからすれば驚異的(^^;。25x24で600枚。そろそろ本にしてもいい頃合いではないですか(^^)

 ということで「円周率」。今回、縦書き→PDFにしてKindleで読むのではなく、縦書き→Mobiファイル(Kindle Contents)にしてKindleで読みました。
 この利点は縦書き文書を右から左へ(つまりふつうに)読んでいけること(PDFでは縦書きでも横書き式に左から右になってしまう。いやまあ慣れれば問題ないのですが、直後にKindle本をよむと、うっかり左→右とめくってしまうのです)(^^;
 それとマーカーやメモ機能が(普通のKindle本なみに)使えるのも便利。
 ただ今回試してみて気づいたのですが、「縦中横」機能はあれど桁数を指定しなければならず、二桁に指定すると一桁や三桁は縦中横にならず寝てしまうのでした。
 これは単に私が使っている変換ソフトが簡易的なものだからだと思います。チャチャヤング・ショートショート・マガジンをMobiファイル化するなら、別のソフトを見つけなければならないかもしれません。

 とまた前置きが長くなってしまいました。
 コンピュータ社会になってあらゆるデータが蓄積されるようになりました(蓄積可能になった)。どこに蓄積するかと言えばハードディスクサーバー(私的公的に関わらず)です。クラウドといったって実際にデータが雲状に電脳空間に浮遊しているんじゃないですよね(違うんですか?)。それはやはりどこかのサーバーで保管されているはず。
 当然データセンターの受け入れ容量は年々増える。そうなるとハードディスクの設置が追いつかないし、いつか設置空間もなくなっていく。また維持する電力費も馬鹿になりません。ハードウェアですから故障修理の経費も。
 そこで出てきたのがDNAメモリなのです。
 要するに人間のDNAをサーバーに利用しちゃうのですね。
「DNAは有機物である。いかにも壊れやすそうだ。しかし、数十年で寿命が来る電気や磁気を使う半導体メモリやディスクより、はるかに保存期間が長い。半減期は500年といわれる。放射性物質と同じ用語だが、データが半分壊れるまでの期間が500年という意味になる。誤り訂正ビットを持たせれば、自動修復も可能だろう。しかも、一般的なディスクより面積密度で1億倍の容量が確保できる」
 たしかに電化製品で10年もつのはかなり稀。耐久財である家でさえ30年も住めばかなりガタが来ますよね。でも人間の体は50年、60年は余裕で大丈夫。それを過ぎるとまず水回りに問題が出てきますが、家の水回りよりは遥かに丈夫にできています(^^;
 「クラウドに不具合があれば、ん十年かかって書いてきた大長編小説の原稿がパーになるぞ」と懐疑派の雫石さんも、保存先が自分の体内のDNAなんですから、これなら安心ですね(>おい)(^^ゞ
 しかもDNAメモリは単なるサーバー(データプール)ではありません。それは一種のコンピュータ機能もある。つまり計算したりできる。
 ただし計算を担当するのは脳なんです。脳というのは、昔の定説のように10%しか使っていないことはないにしても、100%使っているわけでもない。特に睡眠中はほとんど休止状態です。そういう脳のニッチをDNAメモリは活用するのです。
 DNAメモリを注入された人間は、ふつうにこれまでどおりの人間(意識)活動をすると同時に、無意識の一部でコンピュータ化される。
 それがもたらす負の作用として、これまでの食事量(栄養補給)では維持できなくなります。当然倍は食べなければならなくなる。
 そのような未来の展望までは本篇ではカバーされていません。しかし最後に主人公が見る夢から憶測するに、著者はバラ色の未来とは考えてないようです。

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 9日(水)23時08分49秒
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   ↑
 アメリカで製作中らしいコルトレーンのドキュメンタリー映画の一環とのこと。


 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 9日(水)19時28分52秒
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「気丈に」

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 9日(水)19時14分30秒
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   元記事

 ちょっと不謹慎ですがm(__)m、これを取り上げたのは見出し文中の「気丈に」が気になったからなんです。以下は私の(私だけの?)感覚です。
 この「気丈に」、私は違和感がありました。意味的にはこれで合っています。でも私の感覚では、「気丈に」は女性とか一般的にか弱い人に対してしか用いられないような気がするんです。
 たとえば中学生の男の子が親を失った葬式でしっかりした態度をしていたら、これは「気丈にふるまっている」と思います。
 でも森監督はコワモテの、いわば鬼監督です。どうひいき目に見てもか弱いとはいえない。というか大人の男性に対して「気丈」とはいわない。と、私の感覚ではそうなんです。
 つまり「気丈」には文脈的に制限があると、私は感じるんですね。ちょっと辞書を牽いてみましたが、そんな制限は明記されていないようです。
 ですから私が勝手に(これまでの経験的に)思い込んでいるだけなのかもしれません。
 皆さんの感覚ではどうなんでしょうか。ご教示いただけると嬉しいです。


 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 9日(水)01時44分18秒
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   ツイート元


 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 8日(火)21時37分25秒
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          こちらで閲覧 / PDFダウンロード可能

 

「夜の谷を行く」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 7日(月)01時39分26秒
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   桐野夏生『夜の谷を行く』(文藝春秋、17)読了。

 主人公西田啓子は浅間山荘の生き残り。5年の刑期を終え出所してからはひっそりと暮らしてきた。現在(2011年)63歳。両親は世間体のストレスで早死し、妹も姉が原因で離縁される、親戚とは義絶状態。シングルマザーで娘を育てた妹とのみ、愛憎付いたり離れたりしながら付き合いがある。
 そんな世捨て人めいた、しかしそれなりに平穏だった主人公の日常に、2011年2月永田洋子の獄中死をきっかけに亀裂が入ります。住所を知るはずのない昔の「同志」から、永田洋子を偲ぶ会を行うが出席しないか、との連絡が入る。主人公はきっぱりと断りますが、それをきっかけに浅間山荘事件を追いかけているライターとの電話連絡がなしくずしに始まってしまう。
 そんな折、妹の娘(姪)が結婚式をあげることになる。ところが妹も(姉のあおりで)親戚づきあいがない。相手は親類が多いらしい。ということでサイパンで式をあげることになる(大勢招待できないので不均衡にならない)。
 それで主人公はビザをとるのだが、当時の関係者からアメリカへ行ったらそのまま逮捕されるかもしれないと忠告される。主人公には米軍基地に侵入して爆弾を仕掛けた事実があり、日本では刑は償っているのですが、その事件は治外法権のアメリカの「国土」で起きたもの。アメリカには時効という制度がないんですってね、それでもしアメリカの地を踏めば、忽ち拘束されてしまう可能性が強いとのこと(かつて三浦和義がグアムに遊びに行って拘束されたように)。それで姪の結婚式への出席を断らざるを得なくなるのですが、そもそも妹が親戚づきあいしてないのは姉である主人公が原因であり、それがサイパンでの挙式に繋がるわけです。妹の怒りたるや……
 そのひと月後(2011年3月)、東日本大地震が勃発。実はその日、主人公は嘗て「政治結婚」していた男と会っていた。男もその経歴では正業につけず、職を転々とするうち足に大怪我し、いまやホームレスすれすれのうらぶれた67歳の姿を晒していた。
 一方、主人公と一緒に山荘から脱走した女性兵士もまた、東北の実家とは勘当状態のまま(名前も変えて)現在に至っていたのですが、くだんのライターによって、実家は津波に流され両親や兄弟は死んだと知らされる。
 そんなこんな、永田洋子の死と東日本大震災が、主人公のかたく閉ざしていた心に、否応なく錐で穴をあけていきます。
 そしてラストで明かされる事実――これは最後まで気が付きませんでした(悔)。振り返ればヒントはいくつも張られていたのに(ーー;

 いやー面白かった。「革命左派」という語が何度も出てきて、それ何?と調べたら、京浜安保共闘の通称(自称?)なんですね。むしろ我々になじみ深い京浜安保共闘という通称はマスコミ用語だったらしいです。
 東日本大震災は、大阪に住んでいると、遠い世界での災害めいた距離感があったのですが(私は)、東京はまさに隣の土地で起こった災害という感じだったんだなと、本篇の描写であらためて思いました。本篇でも姪の結婚式に対して、親戚をたくさん呼びたい相手側の母親が、こんな時期に海外で挙式なんて、と地震を持ち出して抵抗するのですが、そういえば私の大学の友人の息子が、まさにこの地震で結婚式を延期したのでした。

 挫折し日常に復帰した(せざるを得なかった)革命戦士たちの老人化した40年後というあまり考えたことがなかった視点が新鮮で、引き込まれました。

 

Re: 10年以上前の記事なんですが

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 5日(土)23時51分47秒
返信・引用 編集済
  > No.7960[元記事へ]

 堀さん、ご指摘ありがとうございます。
 たしかにひどいのはひどいですね。
 しかし眉村さんの項目がこんなにひどかったとは(ーー;
 以前、当掲示板に書き込みしてくれたりしていた(当時)大学生の眉村ファンの方が、ウィキペディアに書きましたという旨の書き込みをされて、見に行ったことがありましたが、それからしても随分変更が加えられているようです。
 眉村さんの退社は1963年と、眉村卓コレクション異世界篇1の自筆年譜にはなっています。それを見ますと、「燃える傾斜」出版(5月)以降の9月に辞められています。ですから誰も信じなかったというエピソードは、まだ会社をやめられていない時期ですから間違いありませんね。(そういえば堀さんも工場のおばちゃんに著書をお見せになられたのでしたね。信じてもらえたのでしたっけ)(^^;
「1963年には大広を辞め」は「1963年には大阪窯業耐火煉瓦を辞め」の勘違いか誤記となりますね。
 大広の常勤コピーライターになったのが10月。翌年(64年)非常勤となり、その翌年(65年)嘱託契約を解消して作家専業となられたようです。
 この63年は眉村さんにとって(時間線がこっちへと定まった)忘れられない年で(とおっしゃっていました)、処女作出版年であり、会社退職年である他に、長女で歌人の村上知子さんが生まれた年であり、阪南団地に当選して住み始めた年でもあるのですね。
 ウィキペディアを修正してくれる方(が見てくれていたらですけど)の参考になればとちょっと調べて書きました。

 追記。あ、勘違い。阪南団地引っ越しは前年62年の5月6日でした(ここ)m(__)m

 

Re: 10年以上前の記事なんですが

 投稿者:堀 晃  投稿日:2017年 8月 5日(土)23時00分46秒
返信・引用
  ウィキペディアがまあまあ信用できるのには同感ですが、ブリタニカに載ってない項目も正確かというと、間違いは結構多いです。
たとえば「眉村卓」の項。

-----------------
・大阪窯業耐火煉瓦株式会社(のちの株式会社ヨータイ)に入社、日生工場(現岡山県備前市日生町)転勤[2]。
・1958年に大阪窯業耐火煉瓦を退社、株式会社大広の嘱託コピーライターとなる一方で、1960年からSF同人誌『宇宙塵』に参加する。
・1963年には大広を辞め、初めての単行本である処女長編『燃える傾斜』を発表、専業作家としての活動を開始する。
-----------------

上記のうち、
・「転勤」は正確には「赴任」。日生勤務は1年未満のはず。
・大阪窯業耐火煉瓦を退社は1964年のはず(1965年かも/自信なし)。『燃える傾斜』出版時は大阪窯業耐火煉瓦勤務で、会社で本を見せたが誰も著者が「村上さん」とは信じなかったという話はエッセイに書かれてます。出版記念会に出席しましたから、これは間違いありません。
・したがって「1963年には大広を辞め」も間違い。1964(か1965)年からコピーライターで、小説に専業となられた年月日は正確には知りません。

上記の記述は以前(3年ほど前)から気になっていて、どなたか修正してくれませんかねえ。
 

10年以上前の記事なんですが

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 5日(土)20時03分5秒
返信・引用
 

 ブリタニカの言い分も一理ありますが、私達のような専門家でない一般人が参照するにおいては、致命的なものではなさそうな気がします。

 

Re: 古~いSFマガジン

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 5日(土)14時34分30秒
返信・引用 編集済
  > No.7957[元記事へ]

おお(^^) 明るくしてみました~!!

     ↓クリックで拡大↓
 

古~いSFマガジン

 投稿者:トマト  投稿日:2017年 8月 5日(土)14時03分55秒
返信・引用
  スマホ撮影なのでへんな写真ですが、久野四郎の五分前がのっている古~い、SFマガジンです。

ジエイムズ E ガンの「泡の女」も面白かったです(^-^)
 

「カストロの尻」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 4日(金)17時32分0秒
返信・引用 編集済
   金井美恵子『カストロの尻』(新潮社、17)読了。

 いやー難物でした。7月14日から読み始めたので、まるまる半月がかり。全体でひとつの小説なのですが、独立した9つの短篇がサンドイッチのように2つのエッセイに挟まれている構成で、その個々の作品を読み終わるたびに(一読ではとてもわかった気にならず)読み返し、一応最後まで読んだ後、もう一回はじめに戻って再読していたのでした。
 何が難物なのか。
 まあ下の引用文をお読み下さい。(なお、いまちょっと肩の違和感が再発していて写すのがつらいので、当該箇所OCRに掛けてテキスト化しました)

      ――――――      ――――――      ――――――

シワスにはこういう小さな突風がよく吹くのだと彼女は言い、建物の前面にエンジと白の化粧タイルをチェス盤のように交互に張った壁の中央に大きな一枚板の両開きのガラス扉(クロームメッキの太い棒状のモダンで装飾的な取っ手を握ってガラス扉の開け閉めをするはず――大人は――だから、一枚板の厚くて重い高価なガラスは、それ程汚れるはずがないのに、あんた等みたいなチビが、きったないべトベトしたてのひらを当ててドアを押すから、一日に何度もガラスを拭かなければならないのだ、と切符売場のモギリ嬢――年なのに若く見えるのか、若いのに老けて見えるのか、わからないタイプ、と私と一緒に映画を見た女の子は、多分、映画の中で聞いたと言うか、字幕で読んだセリフを応用して、にくにくしそうに批評する――は嫌味を言う)があり、その左右には出窓のようになっているショーウィンドーがあり、その手前にはクロームメッキの柵があって、ショーウィンドーの壁面に金色のありふれた画鋲や虫ピンで、上映中の映画のスチール写真や、映画のタイトルや主演俳優とか監督の名前や"あらすじ"と、映画がどのように作られたのか(たとえば巨額な製作費、たとえば美しい流麗な旋律の数々の名曲、夢のごとく華麗な素晴しきダンス。輝く新スターの登場!)や、そういった珍しく興味深い周辺のエピソードが、ここで紹介されている映画そのものをさらに輝かしいものにすべく語られている”解説”を印刷したチラシが張られていて、蛍光燈のついたガラスのショーウインドーに飾ってあるので、写真を見るために、クロームメッキの金属のパイブ製の柵に胸を押しつけるようにして身をのり出すようにしなくてもいいのだ。

 以上でワンセンテンスなんですが、みなさん、この文章、一読で頭に入りましたか?
 というわけで、どういう構文になっているか、腑分けしてみました。

1)主文→「シワスにはこういう小さな突風がよく吹くのだと彼女は言い、建物の前面にエンジと白の化粧タイルをチェス盤のように交互に張った壁の中央に大きな一枚板の両開きのガラス扉」(……)「があり、その左右には出窓のようになっているショーウィンドーがあり、その手前にはクロームメッキの柵があって、ショーウィンドーの壁面に《……》が張られていて、蛍光燈のついたガラスのショーウインドーに飾ってあるので、写真を見るために、クロームメッキの金属のパイブ製の柵に胸を押しつけるようにして身をのり出すようにしなくてもいいのだ」

2)《……》の中→《金色のありふれた画鋲や虫ピンで、上映中の映画のスチール写真や、映画のタイトルや主演俳優とか監督の名前や"あらすじ"と、映画がどのように作られたのか(たとえば巨額な製作費、たとえば美しい流麗な旋律の数々の名曲、夢のごとく華麗な素晴しきダンス。輝く新スターの登場!)や、そういった珍しく興味深い周辺のエピソードが、ここで紹介されている映画そのものをさらに輝かしいものにすべく語られている”解説”を印刷したチラシ》

3)(……)の中→(「クロームメッキの太い棒状のモダンで装飾的な取っ手を握ってガラス扉の開け閉めをするはず――大人は――だから、一枚板の厚くて重い高価なガラスは、それ程汚れるはずがないのに、あんた等みたいなチビが、きったないべトベトしたてのひらを当ててドアを押すから、一日に何度もガラスを拭かなければならないのだ、と切符売場のモギリ嬢」([……])「は嫌味を言う」)

4)[……]の中→[――年なのに若く見えるのか,若いのに老けて見えるのか、わからないタイプ、と私と一緒に映画を見た女の子は、多分。映画の中で聞いたと言うか、字幕で読んだセリフを応用して、にくにくしそうに批評する――](モギリ嬢が、主人公と女の子に対して、子供全般への不平不満を愚痴っているその中に、愚痴られている女の子の、モギリ嬢への反感が封入されているのですね)

 と、こういう構造になっているのです。おお!バベル17かはたまた「神狩り」の関係代名詞が10以上連なる神語か!!(笑)

 ちょっと飛びますが、小説を書いていて、ときにイライラさせられるのは、文章というものが「通時的」でしかありえないことではないでしょうか。
 頭の中のスクリーンでは複数のことが同時に起こっているのに、それを小説化すると「同時」なのに前後に分けて書かなければならない(優先順位――優劣をつけなければならない)。同時同等なのに、どういう順番で書くか悩んだ経験がきっとあるはずです。
 この通時性に、言語を操って思考する人類の思惟は限界づけられているといえるでしょう。
 ところが絵画ではちょっと違いますよね。
 絵画は全体を同時に見ることが可能です。つまり絵画は「共時的」なんです。もちろん部分を見るときは全体は見えません(これは人間の脳の構造上の限界ですよね。ダリのトロンプルイユを同時に認識することはまず不可能です)。しかしどの部分を見るかと言う順番は、鑑賞者に委ねられています。通時的ということはできないでしょう。

 このような文章の通時性が人間の思考を縛っていることに対して、その「爆破」を試みたのがウィリアム・バロウズでありそのカットアップという手法でしたよね。

 上述の本書の試み(と言うか著者はずっとそれをしてきたわけですが、本篇はとりわけ意図が鮮明な気がします)も、たぶんその意図はバロウズと同じだと私は思います。バロウズはそれを暴力的に行いましたが、本書はある意味真逆で、スノッブなまでシニカルに行っていて(タイトルなんかまさにそう)、テクニックに於いては2枚も3枚もウワテやなと(^^ゞ。

 しかしこういうのを読むと真似したくてたまらなくなります(実は「夜のリズム」(チャチャヤング・ショートショート・マガジン4号所収)の文体は金井美恵子の影響大であることを(無意識なんですが)、本書を読んで自覚しました)汗

 いやこれは「怪作」といってよいでしょう(もちろんポジティブな意味で)。各話を独立した短篇と見た場合は「破船」が自立性という意味でベストだと思います。それも幻想小説としての自立性で(舞台は幻想化された戦後高崎市なのかも)、さらにバラせば幻想痴漢小説(>おい)(^^;、そういう意味でも(どういう意味だ)「破船」は「年刊SF傑作選」に採録されてしかるべきですし、個人的にも収録してしてほしいですねえ。堪能しました!


 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 4日(金)00時41分50秒
返信・引用
   元記事

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調べたら

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 3日(木)23時56分27秒
返信・引用 編集済
   えーと。下の画像、オリジナルを検索していたところ、たぶんここなんですが、そのページによると、写真の動物はイルカのようです。マナティというのはひょっとしたら自覚的な誘導かも。たしかにイルカよりも納得しちゃいますねえ(先入観で)。
 しかも注意して読めば、当該個体がマナティであるとは言ってませんね。

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 3日(木)22時44分43秒
返信・引用
   元ツイート

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 2日(水)17時46分23秒
返信・引用
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Re: 洛中洛外

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 1日(火)20時56分0秒
返信・引用
  > No.7950[元記事へ]

 段野さん
>井上教授の「京都ぎらい」
 井上教授を知らなかったので検索しました。

 これですね↓クリック
 


 おお、ベストセラー1位ですか!
 2年前の本なのに、すごいですね。
 しかし、
>「京都ぎらい」から始まっていますよね
 はどうなんでしょう。少なくとも私はこの本を読んでいませんし、昔から京都嫌いでしたけどね。というか、京都ぎらいが多数いるからこそ、本書はベストセラーなんじゃないでしょうかねえ(>おい)(^^;

 元ツイート

 

洛中洛外

 投稿者:段野のり子  投稿日:2017年 8月 1日(火)09時44分51秒
返信・引用
  管理人様
井上教授の「京都ぎらい」から始まっていますよね。まさか、漫画にまでなっているとは。本当のところはどうなのかは知りませんが、京では「いくさ」というと、「応仁の乱」をさすのだそうです。太平洋戦争での爆撃がなかったと言われています。
京のお仕事小説を書いた時に、西陣織の職人さんとお話したことがあります。昔のことなのに、まるでついさっきの出来事のように語られて、驚いたことがあります。そういった環境では、私たちの及ばぬことがあるのでしょう。
 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 7月31日(月)23時31分45秒
返信・引用
   元ツイート
 元ツイート

 

Re: 軍艦アパート

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 7月31日(月)17時59分27秒
返信・引用 編集済
  > No.7947[元記事へ]

 段野さん
>時化の時に上陸(そう呼んでいる)したのですが、よく沈まないなと感心しました
 おお、それいいですね! 本土から4.5キロメートル離れた海上に、現生人類が発生する前から座礁している長さ480メートル、幅160メートルの超巨大軍艦――かつて大いに繁栄し、6千万年前に滅びた伝説の超古代文明の遺物(なので実際それが軍艦なのかも本当はわからない)。それを駆動させていた技術は遙か過去に失われ、ただ海上に傾いた巨体を晒し続けているばかりだったのですが、いつの頃からか本土でんでん党の圧政に耐えかねた人々が移り住み、その海底に豊富な炭鉱が発見されたことからにわかに鉱山島として活況を呈し、その(超巨大とは言い条)狭い島に、一攫千金を夢見て人々が大挙押し寄せ、一時は東京都以上の人口密度が集まり、島の権力を掌握したスミヤキ党の指導の元、軍艦島と言えば誰もが思い浮かべる、あの前後左右上下縱橫に歪み伸び拡がる超高層アパート群が建設されたのでした。
 この世の春を謳歌した軍艦島の住人ですが、しかしただひとつ悩みがあった。それは海上が時化ると船の揺れが激しく、しかも巨大ですから振幅が超長い! 遊園地のバイキングなんかそれに比べたら屁みたいなもんです。皆気持ち悪くなって吐瀉するので住民は吐瀉用のバケツを常に携行していたそうです。それゆえ吐島(はきしま)とも称された。現在の正式名称である端島(はしま)はこれが転訛したものとも言われていますね。

>件のアパートも、雨の時には時化状態になるんでしょうか
 これは調べてみました。下寺アパートと言うくらいですから日本橋よりもだいぶ東ではないかと思っていたのですが、ウィキペディアがありました。2006年に解体されたのですが、21世紀のその時点でも家賃は200~300円だったんですって。いやー知っていたら住みたかったです(^^;
 現在はライフ下寺店になっているとのことでGoogleMapを見たら松屋町筋の西側です。東側は下寺町や夕陽丘の寺院が並んでいて、つまり口縄坂や愛染坂、いわゆる「天王寺七坂」の登り口に当たるあたりです。
 この辺は土地勘がないのですが、結局上町台地の縁で、かつては海もしくは海岸だったのかもしれませんね。となると、台地よりも地盤が弱いですから、台風のときは時化のようにグラグラ揺れたかもしれません。家賃200~300円というのも納得ですね(>おい)(^^;

 

Re:軍艦アパート

 投稿者:段野のり子  投稿日:2017年 7月31日(月)09時38分44秒
返信・引用
  管理人様
>軍艦島
時化の時に上陸(そう呼んでいる)したのですが、よく沈まないなと感心しました。件のアパートも、雨の時には時化状態になるんでしょうか。
 

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