ヘリコニア談話室
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「光瀬龍 SF作家の曳航」メモ(1)
投稿者:
管理人
投稿日:2009年 7月 4日(土)22時33分31秒
返信・引用
第1章「幼い頃――記憶の中に焼きついて消えないもの」
☐
幽霊やお化けが窓からのぞきこむというのは、いわば見馴れた設定だった。だが『人造人間』には、幽霊や化け物には絶対ない未知の何かがあった。/それは『人造人間』がブリキ製だったからなのだ。(23p)
光瀬が怪奇作家でもホラー作家でもなくSF作家となった原体験。
☐
この本の内容は、今日から見れば古典中の古典であろう。/そして時間は"永劫の過去から永遠の未来へかけて流れてやむことなき実在"としている。/空襲の合い間にひろい読みをする星の世界は、迫ってくる死の恐怖から私を解放してくれた。(28-29p)
光瀬哲学の萌芽。今日が明日に持続するとはとても信じられぬ空襲下で、正反対な「永遠」へのまなざしが生れる。
☐
凍りつく寒気にたまらず、私は10メートルほど離れたところで、まだ赤々とほのおを上げている物体のかたわらに移動してほのおに手をかざした。なみだが出るほどあたたかかった。燃えている物体が何なのか私にはわかっていた。足が一本失われていたが、それは子供の死体だった。/空襲が終って5時間もたつというのに、まだ赤い小さなほのおを上げていたのだった。火が弱くなると私は死体を足でつついた。またぱっと燃え上がった。(30p)
☐
「帝都上空に敵一機」
これは長篇のプロローグだな。むしろほとんど加工してないと思われる(大橋解題による)「哨兵」を読んでみたい。
「超弦領域」(4)
投稿者:
管理人
投稿日:2009年 7月 4日(土)17時51分35秒
返信・引用
3番打者会心の2塁打で、一塁走者長駆生還。打者走者2塁において、いよいよ4番登場――
ということで、
小林泰三「時空争奪」
読了。
いやーこれは素晴らしい。最後は鳥肌が立ちました。
まさに理屈SFの王道を行くケッサク!(カタカナの方がふさわしい気がするので(^^;)
地質学的な川の形成の順序、「河川争奪」という現象からのアナロジーで、宇宙の形成が語られ「時空争奪」が示唆される。
それどころか、この宇宙が現実に「時空争奪」にさらされていることが判明します。
「鳥獣戯画」や「源氏物語絵巻」の変容から、どうやらこの時空の12世紀あたりの時間線の横っ腹に別宇宙の開闢点が接触し、侵入したらしい。
その結果、両時空が、束の間重なるのですが、最終的にこの宇宙は別宇宙に過去を収奪されてしまう。そのラストが実によい
(*)
でも考えてみると、この辺ちょっとおかしいっちゃおかしいんですよね。でも「見せかた」というのか「出し方」がSF読者の鋳型とぴったり嵌まるものなので、ほとんど気になりません。こうして感想を書いたりしない限り気がつかないのでは(笑)
まさにベテランの巧打であります。3塁打で2塁走者生還(^^;
(*)
実は私も平行宇宙の交差という似たアイデアを書いたことがあるんですよね(^^ゞ
ひきつづき、
津原泰水「土の枕」
面白かったけど、これSFですか?(^^;
この作品に「魔術的な時間のコントロールによって(……)眩暈の感覚」を感じとった大森さんのセンスはさすが(^^;
時の偶然に翻弄される個人の姿はたしかにSFの「オデュッセウスもの」(と私が呼ぶところのもの)と同じ感興をもたらしますもんね。
ただ惜しむらくは、最後で主人公に自分の本名を叫ばしてほしくなかった。寅治として静かに生涯を終えてほしかったですな。小説の構成上そのようにしなければラストにならないのは分かるんですけど。
ということで、飛距離十分ながらフェンス直前外野飛(ここがSF球場だったのが不運。他のジャンル球場ならば文句なしHRかも(^^;)。走者タッチアップで生還。
2死で走者なくなり、6番打者登場。
藤野可織「胡蝶蘭」
女性らしい繊細な話。こういうセンチメントは、この歳になるともういいかなって思ってしまうんですよね。という個人的理由で、当りそこない内野ゴロ。チェンジ。
「超弦領域」(3)
投稿者:
管理人
投稿日:2009年 7月 3日(金)23時18分52秒
返信・引用
編集済
走者を一塁においてクリーンナップに回ります(笑)。クリーンナップというからには当然強力な打者が並んでいるはず。
『超弦領域』
のクリーンナップは、樺山三英、小林泰三、津原泰水の3人。4番、5番はまさに貫禄のラインナップですが、3番打者は寡聞にして私は知りませんでした。経歴によれば、前の年に徳間新人賞を取った人なんですね。新人なのに3番を任されるとは、相当の実力者なんでしょうか。これは楽しみ。
――ということで、
樺山三英「One Pieces」
を読みました。
いやー面白かった(^^)
といっても、前2篇のようなリニアな小説ではないですね。そうとうひねくれています(^^;
はっきりいって一筋縄なストーリーはありません。
むしろリニアに書けば連作短編が10本書けるエピソードがこの30ページに凝縮されている。「ヴァーミリオン・サンズ」はバラードにしてはリニアなストーリーなんですが、この連作9篇を、30ページに詰め込んだら、当然ストーリーは省かれざるを得ず、このような作品が出来上がるでしょう。そんな感じ。
メアリー・シェリーのかの怪物が現代に復活します。タイトルは
「寄せ集められた断片から作られた単一の個体としての人」
といった意味か。
本篇は、(シェリー夫人のオリジナルも映画のそれも含む)「フランケンシュタイン」にインスパイアされて<妄想>された「物語」であるといえるのではないでしょうか。
こういう書き方は、しかし別段著者のオリジナルとはいえません。たとえば山尾悠子の「遠近法」がボルヘス「バベルの図書館」からの<妄想>であるように、荒巻義雄の「柔らかい時計」がダリのそれからの<妄想>であるように。つまり本篇は、まったく孤高の作品ではなく、そのような一種「二次創作的」幻想小説の系譜に属する作品であるといえるように思われます。
ただ上記二作と違うのは、最初の数ページでオリジナルが批評的に検討される点。このあたりは従来のSF系幻想小説と比べてユニークなところ。作中に批評的視点があからさまに導入されている点、本篇はよりポストモダンに傾斜しているのかも知れません。一種批評的創作といえるかも。
そして、かかる「フランケンシュタインの怪物論」のさなか、突如「怪物」へのインタビューが始まり、驚かされる。どうやらオリジナルではなく、現代にあらわれた、しかし同様にOne Piecesな、別の「怪物」であることが分かってきます。
「発見されたのは町外れの工場だった」(96p)
に始まる発見のシーンが実に素晴らしい。散文詩ですね。あるいは表現主義映画のよう。
ここから現代の「怪物」のいる世界が<妄想>されます。それは当然オリジナルとは異なった物語で、この怪物は「社会」に受け入れられるんですよね。むしろ「被害者」として。で、現代のヴィクターが指弾され、民衆により私刑に処せられ、それにより怪物は社会的な影響力を獲得し、<フランケン化>という心的傾向を、主に若者に対して及ぼしたりする。注目すべきは、物語っている話者の視点が曖昧に位置を変える点で、あまつさえこの話者、「死後」のメアリを訪問してインタビューを敢行したりもするのです。
この話者は誰なのか。
話者はいう。
「その頃、よく同じ夢を見た」(109)
。その夢では、どこか、火口のようなところから順番に飛び降りるのです。
ところが、このあとに、小説内の現実において、
「ある日、空からたくさん死体が降る。次から次へと、無数の死体が」(113p)
に始まるシーンが描写されるのですが、おそらく降って来る死体は、火口から飛び込んだ人々のそれなんでしょう。つまりこの世界は、話者の「夢の世界」と繋がっているに違いない。かかる事態は、結局本篇が一種の内宇宙小説として構想されていることを示しているように思われます。
さて、ラストでは、怪物の体がもとの断片に戻っていくところが描写され、映像的に圧巻(映画にこんなシーンあったっけ)。
いずれにしろ曖昧で奇妙な小説世界が表現主義的な色調をおびてくっきりと自立していて、その世界を話者に案内されて垣間見るのは、充分に心地よい体験でした。
SFの原理
投稿者:
管理人
投稿日:2009年 7月 3日(金)01時03分14秒
返信・引用
編集済
『超弦領域』
は、試合が降雨中断中につきの実況はしばしお休みします(笑)
代わりにといってはなんですが、中断のあき時間を使って、昨日の補足をしておきましょう(^^;
というのはコジツケですが(^^ゞ
高井さんのブログ
「ショートショートの……」
で、ショートショートとジョークの相違についての思索がめぐらされていて、実に面白い。
私自身あんまり容器としての「本」そのものに興味はなく、容器の中身であるところの、ショートショートやSFや小説の、「構造」とか「機能」とかそういった方面に関心が向かうタイプなので、こういうエントリはいいですね。この3日ほどはとても勉強させてもらっています。
昨日の「実況」では、「理屈」がSFの必要不可欠な契機(Moment)であることを、くどいほど強調したのでした。たまたま上記高井さんの昨日のエントリ
「ジョークと小咄」
によい例があったので、紹介します。
それは小松左京の「ノミ」のジョークで、この咄の面白さは、まさにSFのそれなのですね。
いうまでもなくジョークとショートショートの違いを解説する素養は私にはありません。しかし、いずれであるにしろないにしろ、少なくともこの咄が「SF」であるのは間違いありません。
とりあえず読んでいただきたいのですが、この咄の面白さは、ノミの足を一本ずつちぎっていき(その都度必ず跳べと命ずる)、最後にぜんぶちぎってしまうとどうなるかという観察の記録(から読者が想定する<常識的>結論)と、実際に帰納された<非常識な>結論との落差の面白さであるわけです。
とはいえ、<非常識な>といっても観察結果を無視したとんでもないナンセンスが導入されているわけではない。その結論、すなわち「見出された因果関係」がどんなに<非常識>であっても、それが(記述された限りの)観察結果から、たしかに導出され得るものであるからこそ、面白いのです。まさに理屈をつきすすめた結果、屁理屈に至ったわけで、SFの面白さとは突き詰めればこれであるなあ、と得心した次第です。
まあとにかくリンク先をぜひご覧になってください(^^;
「超弦領域」より(2)
投稿者:
管理人
投稿日:2009年 7月 1日(水)22時26分22秒
返信・引用
トップバッターはホームランでこそありませんでしたが、シャープなクリーンヒットを飛ばしました。そもそも一番バッターに求められるのはホームランではありませんから、これでオッケーなのです^^;
次の二番バッターがバントでもなんでも進塁させればいいのです。
で、二番バッター、
林巧「エイミーの敗北」
うーん。
しかしこれはSFではなかったですね。
<集合的無意識>が管理している遠未来の世界の話のようなんですが(そのわりには作中人物の心理が現代人ぽいんですけど)、まずこういう<集合的無意識>の在り方というか存在形態を、私は想像できないのですね。
本篇にも書かれているように、集合的無意識と個人は直接繋がっている(といよりも全個人の底に遍在している)ものであるはずなんです。主人公は機械(取り調べ用ディスプレイ)を介在して集合的無意識「エイミー」とコンタクトしているんですが、なぜそんな間接的な操作が必要なのか、理解できない。よしんばそういう設定にするんであれば、その理由を作者は説明しなければいけません(法月みたくハッタリでいいんです)。いわんや
「法に触れる」(68p)
とか触れないとか、アレゴリーとしても不適切ではないでしょうか。
集合的無意識がエイミーという「個人名」を持つのもひっかかる。ある意味「一にして全」なる存在なんですから。でも「クー(KU)」だったらそんなに気にならなかったかも(^^;。由来が明らかだからです。エイミーだから引っかかる。そのエイミーってどっから出てきたん?と訊きたくなります。
かくのごとく一事が万事、SFに必須の因果的押さえが省かれているのがつらいところ。
次に、このエイミーが管理する世界っていったい何なのか? これもよく分かりません。ゲートで守られた街区と記述されていますけど、集合無意識って人類普遍なので、それでは狭すぎる。ゲートで区別されるということは世界の一部でしかないということですから。先に断わっておきますが、このゲートは、異世界間の通路といった類のものではなく、たんなる同一世界内の、区域を分けるゲートなんです。
実際のところ、そういう描写をしながらも、著者は一方で別の集合無意識が管理する世界として鳥居のある世界を描写しているのですが、ここだけみれば、一種の並行世界を想定しているのは明らかです。
これは矛盾しているというべきでしょう。どうも著者のなかで、設定の整理があんまりなされていないのでしょうね。全てにおいてシニフィエが確定してない。まさに浮遊するシニフィアンです。集合的無意識という語を使うならば、少なくともその意味するものはきっちり押さえておかなければなりません(その後でひっくり返すのはオッケー)。SFならば。
ところでいま、並行世界が異なれば集合無意識も異なるのか、という問題を思いつきました。並行世界が変わっても(そもそも分岐世界ですから)集合無意識は共通であると考えるべきかも、と思いついたんですが、各並行世界ごとに集合無意識があると考えるのは、SF的にはオッケーだと思います。
閑話休題。
因果関係といえば、ミディアムは媒介者なんでしょうけど、なんのために各世界間の媒介をはかるのか、その理由も全然判りません。ラストのシーンは、私には主人公が食われるか何かして「消滅」するような印象なんですが、それでは媒介させるという意味が通りません。
本篇で著者はいったい何を語りたかったんでしょうか。折角大きく膨らみそうな話が、理屈への志向(嗜好)の不足でいびつに縮こまってしまった印象です。
ということで、送りバントは失敗(^^;
「超弦領域」より(1)
投稿者:
管理人
投稿日:2009年 7月 1日(水)17時33分17秒
返信・引用
トップバッターは
法月綸太郎「ノックス・マシン」
これは愉快(^^) 2050年代、小説はコンピュータによって書かれるようになっています。パズラー探偵小説ファンで数理文学解析の研究者である主人公は「ノックスの十戒」を10次元マトリクス化したノックス場にゲーム理論のアルゴリズムを埋め込み、それにコンピュータの小説生成プログラムを走らせることで、過去の黄金時代の探偵小説の発展曲線に近似な解が求められるのではないかと予想するのですが、結果はそうならない。
第5項の例の「中国人」ルールが(あまりに無意味すぎて)解を乱しているようだと目星をつけた主人公、5項を外してみたところ、さらに解は無意味度をますばかり。
そこで思いつきに第5項に虚数
i
を掛け、すなわち「No Chinaman」としてノックス場を複素数次元に拡張すると、ばっちし予想された解があらわれた。
どうやら第5項はメタ規則として全体を統御しているらしい。
しかもパズラー隆盛60年周期説(1920-30英米、1990日本、2050中印)を数学的に根拠付けるソリトン波まで発見してしまう(^^;
主人公は、虚の中国人の視線(観測)がノックス場を確定することから、これをNo Chinaman変換と名づけ、波動関数のコペンハーゲン解釈における<収束>の契機すなわち「観測者」に比定します。
ところで2050年代までに、タイムマシン理論が完成しており、実際有人タイムトラベル実験が行なわれているのですが、過去や未来に行ったものは誰も帰ってこない。つまりタイムトラベルの結果(未来に行ったものはそこから現在に帰る行為により)、並行世界が発生してしまうためこの現在に繋がる時間線から外れてしまうのです。この事実はコペンハーゲン解釈より多世界解釈が正しいことを示唆しています。
ところが多世界分岐が発生しない時間線の<特異点>が発見される。コペンハーゲン派の喜ぶまいことか。しかもさらなる観測の結果、その特異点(日)が1929年2月28日であることが判明します。あまりの意外な展開に科学者たちは動揺します。なんとなればこの日は、実にノックスが十戒を書き上げた当のその日だったのです……
いやー実にわくわくする設定ではありませんか(^^)
著者はたぶんイーガン「ディアスポラ」にインスパイアされていて、次の文は、イーガンの世界観へのレスポンスになっているように思います。
「(多世界解釈の)無限に分岐を続ける並行世界という宇宙観は、個人のアイデンティティや自由な意思決定という信念を土台から脅かすために、ある種の諦念とアパシーに結びつきやすい」(48p)
(これは「ディアスポラ」読み中に私も思いました)
このようにセンスオブワンダーにみちた作品なんですが、ところが最後でそれが爆発しない。むしろコペンハーゲン解釈のように<収束>してしまう。というのは他でもなく、ノックス場と並行宇宙論の関係が、結局アナロジーでしかないからなんですよね。それが何の根拠もなく強引に関係付けられてしまっているのです。
と書けば明らかなように、本篇は、終わってみればなんとハッタリと紙一重の山田正紀的文系SFだったのでした(笑)。
さすがノンプロパーでありながらトップバッターに抜擢されただけのことはある超絶トンデモSFで面白かった(^^)
Re: 『超弦領域』
投稿者:
管理人
投稿日:2009年 7月 1日(水)01時09分21秒
返信・引用
編集済
>
No.1907[元記事へ]
大橋さん
最近、「光瀬龍の曳航」等で検索して当板にたどり着く人がやたら多いです。かなり期待されているようですよ。
> 宣伝してくれているのなら、私も買わなきゃいけないということですか?
買っておくと、来年の巻では概況どころか、星雲賞のデータの方にも記載されているかも。あ、星雲賞は間に合わないか、じゃなくて再来年か(汗)
法月綸太郎「ノックス・マシン」読了。ノックスとはあの10戒のノックスです(^^;
感想は明日。
『超弦領域』
投稿者:
大橋博之
投稿日:2009年 7月 1日(水)00時36分23秒
返信・引用
宣伝してくれているのなら、私も買わなきゃいけないということですか?
最近、知らない間に文庫の解説に私の名前が書かれてあって、それを他の人から教えてもらって知るというケースが多いです。あれとかあれとかあれ……。
「超弦領域」売っていた!
投稿者:
管理人
投稿日:2009年 6月30日(火)20時23分9秒
返信・引用
編集済
当地の書店に
『超弦領域』
が入荷していてびっくり。早速購入しましたが、東京創元社、かなり強気に刷ったとみた(笑)。
本文に入る前に、まず序文後記その他に目をとおしてみました。
大森望「2008年の日本SF界概況」
訃報が相次ぎ、
「ジャンルSFもいよいよ寿命か」
というのはある意味そのとおり。
今書かれている
「新しい時代」
のSFが、確かに「SF」なのは間違いないにしても、「かつてのSF」とは明らかに「切れている」と感じます。連続性というか影響関係があまり感じられないのですよね。
やはり冬の時代といわれた1995年あたりで、旧SFはいったん絶滅したのかも。
というのは図式的すぎるかもしれません。もちろん「ダイオフ」をまぬかれた旧作家や継承した新作家がいないわけではないので。
そういう意味で、今のSFジャンルを細かく見ていくと、「2種類のSF」の並在、という状況が浮かび上がってくるかも。(読者の変質もしくは交替も含めて)そういう印象(あるいは違和感)を私は強く感じるものです。
<概況>によりますと
「創元SF文庫の日本SF再刊路線」
での
「最大のヒットは眉村卓の『司政官』と『消滅の光輪』」
だったらしい。これは嬉しい報告(^^)。だったら『引き潮のとき』の創元文庫復刊も夢ではない?(^^; いやまあ『引き潮のとき』が心配なら、『不定期エスパー』の復刊もありかも。『銀河英雄伝説』が成功しているんですからね。
またノンフィクションの成果のひとつとして大橋博之が編集した『金森達SFアート原画集』が挙げられています。その大橋さんの新著
『光瀬龍の曳航』
が近日刊であるのは当掲示板でお知らせしたとおり。
「初出一覧」
をみると、前巻よりも初出先がさらにバラエティにとんでいますね。
野生時代 1篇
異形コレクション 1篇
SFジャパン 2篇
早川書房単行本 1篇
小説すばる 1篇
モンパルナス(>ってなに?)1篇
モンキービジネス(同上)2篇
週刊モーニング 1篇
パンドラ(同上)1篇
NTT出版単行本 1篇
SFマガジン 2篇
書き下ろし 1篇
こうしてみると、前巻に比べてSF専門誌の退潮は目を覆うばかり。これはとりもなおさずプロパー作家が不振だったというこということになりはしないか。次巻ではプロパー作家の奮起を期待したいものです(^^ゞ
日下三蔵「序文」
によれば「シード枠」がなくなって、実質、席がひとつ増えるはずなので、その席をノンプロパーにかっ攫われないよう、かたがたお願いしたいと思います(^^;
また今回は、
「2008日本SF短編推薦作リスト」
が載っていてなかなか便利。これはよいですね。つづけてほしい。
で、つらつらながめていたら、ややっ、このたび
『ハイカラ神戸幻視行』
が上板された西秋生の名前が!「時の獄」が候補だったんですね。 『未来妖怪』はたしか持っていたんじゃなかったっけ。発掘して読んでみたいと思います。
最後に大ニュース。
大森望「後記」
によると、創元SF短編賞が募集されるそうですよ! これは楽しみ! 出来がよかったら即、年刊傑作選収録もありえるらしい。皆さん応募しましょう!
ということで、これから本文に入ります。
過去ログ
投稿者:
管理人
投稿日:2006年 4月16日(日)12時46分5秒
返信・引用
編集済
過去ログへ
以上は、新着順1番目から50番目までの記事です。
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「光瀬龍 SF作家の曳航」メモ(1)
投稿者:管理人 投稿日:2009年 7月 4日(土)22時33分31秒☐幽霊やお化けが窓からのぞきこむというのは、いわば見馴れた設定だった。だが『人造人間』には、幽霊や化け物には絶対ない未知の何かがあった。/それは『人造人間』がブリキ製だったからなのだ。(23p)
光瀬が怪奇作家でもホラー作家でもなくSF作家となった原体験。
☐この本の内容は、今日から見れば古典中の古典であろう。/そして時間は"永劫の過去から永遠の未来へかけて流れてやむことなき実在"としている。/空襲の合い間にひろい読みをする星の世界は、迫ってくる死の恐怖から私を解放してくれた。(28-29p)
光瀬哲学の萌芽。今日が明日に持続するとはとても信じられぬ空襲下で、正反対な「永遠」へのまなざしが生れる。
☐凍りつく寒気にたまらず、私は10メートルほど離れたところで、まだ赤々とほのおを上げている物体のかたわらに移動してほのおに手をかざした。なみだが出るほどあたたかかった。燃えている物体が何なのか私にはわかっていた。足が一本失われていたが、それは子供の死体だった。/空襲が終って5時間もたつというのに、まだ赤い小さなほのおを上げていたのだった。火が弱くなると私は死体を足でつついた。またぱっと燃え上がった。(30p)
☐「帝都上空に敵一機」
これは長篇のプロローグだな。むしろほとんど加工してないと思われる(大橋解題による)「哨兵」を読んでみたい。