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運か偶然か

 投稿者:管理人  投稿日:2016年10月 2日(日)01時53分8秒
返信・引用
   阪神の福原投手が引退試合を演出してもらった同日、同じく阪神の一二三慎太外野手が戦力外通告を受けたそうです。名前が珍しいので覚えている方もいらっしゃるでしょう。
 ウィキペディアを参照しますと、夏の甲子園の準優勝投手で、その年のドラフトで阪神が二巡目指名。と嘱望されて入団したのですが、入団したとはいえ、まだ高校在学中の翌年一月に溶連菌感染症を患い、春季キャンプ前の新人合同自主トレーニングから出遅れます。さらにキャンプ中に右肩を痛め、結局新人の年を棒に振ってしまう。シーズン終了後外野手へコンバート。
 3年目にはウエスタンで四番を任されるまでに急成長、フレッシュオールスターへの出場も決まっていたのですが、ウエスタンの試合でダイビングキャッチした際、フェンスに激突、左足をはく離骨折。フレッシュオールスターを辞退したばかりか、一軍昇格までも逃してしまうのです。
 結局、5年目終了後、支配下から育成選手契約に。そして 6年目の今年、本日戦力外通告を受けたのでした。
 こんな人生もあるのですねえ。かと思えば、調子が悪くて KOされても、その裏の回に味方が猛攻して勝ち投手になってしまう強運の持ち主もいます。
 運不運て一体何なんでしょう。単に偶然なのでしょうか。
 野球では、試合の流れというのがあるようです。選手たちも信じているようです。実際、見ている私たちもそれがあることを実感します。これも単なる偶然なのでしょうか。
 不思議ですねえ。少なくとも上記の一二三選手にすれば、運に見放された野球人生だったな、としか思えなかったに違いありません。
 
 

「デカルトの亡霊」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年10月 1日(土)20時50分28秒
返信・引用
   橋元淳一郎さんのSFサイエンス・エッセイ『科学と哲学に関するつぶやき(第3巻)デカルトの亡霊』(キンドル版)が刊行されました→【Amazon】
 早速購入。モノ(というかデータというか)は一瞬で飛んできたのですが、今日は着手できませんでした。明日も日曜なのでムリかも(平日のほうが読書時間を作りやすいのです)。

 
 

Re: 豊洲問題の謎を解く

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月30日(金)21時36分2秒
返信・引用 編集済
  > No.7281[元記事へ]

 雫石さん

>リクエストします
 ありがとうございます。しかし私もこの歳になり、自分の限界もさすがにわかってきました。私には<リニアな物語>を書く能力が決定的に欠けているようです。リニアなストーリーを横から突付いたりすることはできるみたいなんですけどね。
 という次第で、もし気に入ってもらえたのでしたら、このアイデアよろこんで提供しますので、雫石さんに書いていただきたいです。どうかご自由にお使い下さい(^^;

 ということで、もうちょっと固めておきたいと思います。
 盛土の省略も建物の床の厚みの変更も、人間目線からしますと、不可解じゃないですか? 一体どんな合理的理由があるのか、途方にくれてしまいます。
 で、想起したのが、囲碁AIのアルファゴーの、定石を無視した指し手(とは言わないのかな、打ち手?)が、あとで追跡はできてもリアルタイムではまったく理解不能であったこと。これと同じことが、盛土や床の厚みで起こったのではないかと考えました。
 でもすぐに、いやいやそうじゃない、単にアホなんやと思い直した。
 それは以下の事件を思い出したからです。
 2、3週間前に、ある写真がフェイスブックに投稿されたのですが、それがフェイスブックの検閲システムによって削除されるという事件がありました。

 

 この画像なんですが、少女の裸が写っていたのが引っかかったようです。
 しかし一目瞭然ですが、この写真は、ベトナム戦争でアメリカ軍から子どもたちが逃げ出している場面です。
 実はこの写真、ベトナム戦争の報道写真を代表する有名な作品だそうで、ピューリッツア賞を取ったものだそうです。たしかに迫ってくる何かを感じます。恐怖に引き攣った子どもたちの表情になにも感じない者はいないでしょう。
 たった1枚の写真ですが、だれでもこの中にストーリーを見い出すはずです。言わずもがなですが、それを一言で言えば、戦争の悲惨さ、理不尽さを表現したものです。だれがこの写真に児童ポルノを見るでしょうか。
 ところが、フェイスブックはそう見たわけですね。
 で、私は不思議だった。誰が見たって児童ポルノとは違う写真です。どんな馬鹿が検閲したんだろうか、と。
 そこではたと気がついた。検閲したのは人間じゃなくてAIだったのではないか。
 たしかに、よく考えてみれば、世界中でフェイスブックやツイッターに投稿される膨大な画像を、人間の目が監視するとしたら、監視者は一体何人必要か。百人や二百人では効かないでしょう。何千人、ひょっとしたら万単位で人を雇わなければならない。それは非現実的です。
 フェイスブックの監視システムはAIが担っているのに違いありません。
 だからこんなスカタンが起こったわけですね。AIは子どもの裸が写っていれば問答無用で削除するようにプログラムされているんでしょう。
 でも、上述したように、写真は、ただ単に、「写っているものだけ」を表現しているのではないのですね。1枚の写真にもストーリーや物語が内在されているのです。人間なら、それを何の問題もなく読み取る。文脈を読み取るように、隠された意味を、写真に写ったあらゆる徴候をほとんど無意識裡に判断評価して読み取ってしまうのです。
 ところがAIはまだそこまで進んでない。「写っているものだけ」しか認識できないんですなあ※。だからピューリッツア賞受賞の報道写真も、児童ポルノ画も、区別できない。内に入り込んで文脈を読むことがまだできないのですね。まだその程度なんです。
 豊洲のシステムも、フェイスブック程度なんでしょう。そう考えると、シンゾリーニ閣下の子供っぽさも理由が見えてくるではありませんか。
 おりしも今日、シンゾリーニ閣下はまたもや平然と嘘をおつきになられましたよね。

 元記事

   「自衛隊員らを称える呼びかけに、議員個人が判断したものと指摘」

 ところが、ちゃんと進行予定表があった。

 

 こんなバレバレの嘘をついて平然としているのですから、もはや閣下を操るシステムの論理回路、合理性回路がいかれているとしか思えません。豊洲のシステムの不具合はその派生なのだとしたら、私たちはこれまでいかなるディストピアSFも描かなかった、極めてユニークなディストピア世界をまのあたりに体験できるのかもしれません。楽しみなような、そうでないような(ーー;

 

Re: 豊洲問題の謎を解く

 投稿者:雫石鉄也  投稿日:2016年 9月30日(金)13時20分34秒
返信・引用
  > No.7280[元記事へ]

これ、おもしろそう。
管理人さん、ぜひ書いてくださいよ、
次のはムリとしても、次の次の
チャチャヤング・ショートショート・マガジンにリクエストします。

http://blog.goo.ne.jp/totuzen703

 

豊洲問題の謎を解く

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月29日(木)22時03分18秒
返信・引用 編集済
   豊洲市場の盛り土問題に加えて、今度は建物の床の厚みがいつの間にか変えられており(計画変更手続きはなされていない)、耐震基準を満たしていない可能性が指摘されましたね。
 どちらも誰が変更を承認し実施したのか、よくわからないようです。承認した本人が世論をおそれて貝になっているのでしょうか。
 私は思ったのですが、実はそんな人物は存在しないのではないか。そうです。誰もそんな変更を指示してないのです。
 いやいや、もちろん誰かが指示したのです。ただそれは人間ではなかったのかも。
 私は、ひょっとしたらAIの仕業なんじゃないかと考え始めています。
 もちろん、システムがビッグブラザー化しているといいたいのではありません。そんな中央集権的なものは時代錯誤です。そういうツリー状のものを想定しているのではなく、いわばリゾーム的な、もっと分散的な東京都の行政システムの各分野のひとつとして豊洲市場を管轄するシステムがあるのでしょう。それが暴走しているとしたらどうでしょう。
 つまりチカコンの豊洲版――。いや、地下コンには自我があるようですが、そんなものはない。「砂漠の惑星」のサイバネティック機械みたいな存在。
 ですから犯人探しをしても無駄かもしれません。いや、ひょっとしたらシステムが犯人を捏造して来る可能性も無きにしもあらず。そんなことを考えていますと、アベッチ・シンゾリーニ閣下だって本当に自分の意志で行動しているのか、わかったものではありません。だってあまりにも子供っぽすぎるじゃないですか。最近はポンポンが痛いと言わなくなりましたし、もしその体を切り開いたら……(汗)
 

「青銅の魔人」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月29日(木)00時08分12秒
返信・引用
   江戸川乱歩『青銅の魔人』(青空文庫16)読了。
 雑誌初出49年。前作『大金塊』から10年ぶりの、久々の戦後第1作(戦争中は規制があったのでしょうか?)。
 いや面白かった。面白さでは既読中一番だと思います(『大金塊』がまだ青空文庫化されていないので未読)。モーターボートチェイスあり、走行中の車の屋根にしがみついたり、まるで007を先取りしたような活劇(笑)であるばかりか、乱歩には珍しく世相が反映されていて、焼跡や瓦礫のような建物や、戦災孤児や復員兵が重要な役割を担うストーリー。一気読みさせられました。
 ただこれも世相を反映した設定ではあるのですが、カッパライなどをやっている浮浪児をあつめて「チンピラ別働隊」が新たに組織される。しかし名前からしてアレなように、少年探偵団はブルジョアの子弟が団員であるため、危険な任務は任せられないとして、組織されるのです。
 そうか、乱歩は著作権が切れたので、好きなだけ引用していいんですよね(^^;

「ほんとうなら、ぼくたちの少年探偵団がやる仕事だけれど、なにしろこんどは相手が相手だし、夜中の仕事だからね。学校へ行っている団員たちにはやらせられないんだ。そういう危険なことをやらせてはいけないって、明智先生から、きびしくいいつけられているんだよ。
 ところが、諸君は夜中なんか平気だね。ほんとうはそんなふうじゃいけないんだけれど、きみたちはおとなみたいになってしまっているんだからね。そこで、こんどの仕事は、ひとつきみたちに頼もうってわけさ。でもまだ本団員にはしないよ。きみたちみたいなのをなかまに入れたら、ほかの団員がおこるからね。少年探偵団チンピラ別働隊っていうのを作るんだ。きょう、その結成式だよ。」


 この連中、半村良『青い空』の主人公たちの世代です。つまり半村良の同世代。いえば半村良が別働隊に所属していたっておかしくない。一方乱歩は40歳も年上、世代が違う。そもそも乱歩は昼の世界を嫌悪しているので、あげつらっても詮ないことではあるのですが、『青い空』を読んだ者としては引っかかりを感じないではいられませんでした。勿論ホームズのベイカー・ストリート・イレギュラーズへのオマージュでもあるわけですが。

 

Re: 「草紙屋薬楽堂ふしぎ始末」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月28日(水)01時03分1秒
返信・引用
  > No.7277[元記事へ]

 平谷さん

>今回は江戸時代の本屋の蘊蓄など色々と書き込んでいます(笑)
 楽しみですー(^^)
 この文庫の版元って、『東アジアの古代文化』の版元ですよね。
 かなり濃いウンチクを突っ込んでも許容されそうな気がしますね(>おい)(^^;

 

Re: 「草紙屋薬楽堂ふしぎ始末」

 投稿者:平谷美樹  投稿日:2016年 9月28日(水)00時15分24秒
返信・引用
  > No.7276[元記事へ]

拙著の紹介、ありがとうございます♪
最近は蘊蓄をさらりと流すことが多かったのですが、
今回は江戸時代の本屋の蘊蓄など色々と書き込んでいます(笑)

 

「草紙屋薬楽堂ふしぎ始末」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月27日(火)22時59分38秒
返信・引用
   平谷美樹さんの新刊が来月発売になります。
『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 』(だいわ文庫刊)10/8刊予定。

《江戸の本屋を舞台に戯作者と版元が怪しい事件を解決する痛快時代小説!》

 設定もよし。なかなか面白そうではありませんか(^^)
 Amazonで予約始まっていますね→【Amazon】
       クリックで拡大↓
 

台風と銀河

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月27日(火)21時19分32秒
返信・引用 編集済
   元ツイート
 この写真、ひと目見て渦巻銀河を連想しました。構造は同じなんですよね。低気圧か重力かの違いだけで。
 そういえばシンクにためた水を抜くときに発生する渦巻きも、つきつめれば重力によるといえる。こっちははすぐ吸い込まれてしまいますが、銀河の渦状肢はそんなに簡単に吸い込まれない。シンクの水も、必要十分な回転があれば吸い込まれないのでしょうか。見た目回転を与えているのはコリオリの力なので、地球がもっと早く自転すればいいのかな。
 しかし銀河系に回転を与えているのはコリオリの力ではないですよね。あれは何が原因なんでしょうか。
 というよりも、銀河系はあの渦巻きをみればシンクの水みたいですが、個々の恒星を見ると太陽系の惑星のように回転運動をしている。渦は自由落下軌道(第一銀河脱出速度に足りない)ですが、個々の恒星は第一脱出速度に達しているわけです。
 まるで最初、水のように吸い込まれかけていた渦がある時点で凍りつき、一方、渦を構成していたはずの恒星群は、逆に回転速度を増して、周回運動をはじめたようにも見えます※。だとしたら恒星群に速度を与えたのは、やはりダークマターなのか、それともダークエネルギーの斥力なんでしょうか。
※いや、これは妄想ではなく観測事実なのです。渦は固定し、渦とは密集部分ですから、どんどん追い抜いていく恒星群は、密集部分で停滞するので、渦は見た目固定されているのです。でも最初は渦があったわけですから、渦が正常に回転していた前半と、渦が固定した(恒星の回転速度が乖離した)後半の二段階に、銀河系の生成史は分けられるのかも。その二つを分かつ何かがたぶん起こったんだと思います。

 閑話休題。でまたふと思ったのですが、天の川銀河はなぜあんな棒状銀河なんでしょう。不自然ですよね。ひょっとしてシンクの穴(ブラックホール)が棒状核の両端に存在していたりして。原初二つの銀河系の子どもがくっついてしまったんだったりして(^^;
 

 妄言ついでにおまけ動画。
 

 

「きのこ文学名作選」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月26日(月)20時26分49秒
返信・引用 編集済
   現在読み中の『きのこ文学名作選』なんですが、造本に凝りすぎててめちゃくちゃ読みにくいのです。
 たとえばこれは北杜夫「茸」。小説自体に、こんな風にしなければならない必然性はありません。
 

 作品ごとに、フォントを変えるだけでなく、紙質を変え、紙の色を変えているのですね。
 萩原朔太郎「孤独を懐かしむ人」
 

 かと思えば、こんな不細工なことも。
 泉鏡花「茸の舞姫」。
 

 画像ではわからないと思いますが、これは銀地に白文字。光にあてて透かさないと読めません。
 長谷川龍生「キノコのアイディア」
 

 これもはや一種の工芸品で、読むための本とは言えないのではないでしょうか。私はやりすぎだと思います(その結果一冊の本としての統一感がありません。とすれば工芸品としてもだめだめかも)。元来書籍はメディアであって、意味内容を乗せるための容器にすぎない。容器が内容より目立っては――もとい、容器が内容の伝達を阻害するようでは本末転倒なのですね。ということで、眼目の「くさびら譚」を読んだことだし、読むのをやめようかどうしようかと考えているのです。


 

「くさびら譚」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月22日(木)11時43分48秒
返信・引用 編集済
   加賀乙彦の第一作品集『風と死者』(69)を読んだのは、長篇『荒地を旅する者たち』(71)を読んだ直後ですから、45年前です。
 当時新潮社から《新鋭書下ろし作品》というシリーズが(おそらく新潮純文学書下ろし特別作品シリーズが好調だったので柳の下のどじょうを求めて)開始された直後で、当初はシリーズ作品が刊行されるたびに購入していました。
『荒地を……』は当シリーズの記念すべき第一巻だったと思います。
 一読驚倒、あわてて図書館にとんでいって借りてきたのが『風と死者』でした。ところが長篇とは打って変わったおだやかな世界観が提示されていて、そのギャップに戸惑いました。とはいえ失望したのではなく、こっちの加賀乙彦も(ちょっと北杜夫の純文学作品に似た雰囲気があって※)、いわば「別系統」として、大変満足したのでした。
※たぶん同世代で、百目鬼恭三郎のいう東京の山の手の閑静な「原っぱ」空間で遊んだ幼少体験(育ち)や、同じ精神科医であったという(になったという)性向が共通項となって、似たような世界観が形成されたのではないかと思います。
 わけても集中の「くさびら譚」がとりわけ気に入りまして、ときどき読み返したいなと思うのですが、図書館本で読んだものゆえ手元にあるわけではなく、なかなか実行に移さないまま45年が経過していた(原著も早々と絶版になりましたし、もはや地方の図書館では除籍になっているみたい)。
 このたび、『きのこ文学名作選』という書名をツイッターで見かけ、ひょっとしたら、と検索したら、ピンポンピンポン、収録されていた。
 まあ、きのこ文学で本篇を外したら編者の見識が疑われますね(^^; さっそくアマゾンで見たらすでに絶版、マケプレはどうか、バカみたいな値付けがされていた。でも大丈夫、当地の図書館にあった。
 ということで早速借りてきたという次第。

 読みました。感動。記憶どおり極上の名品でした。
 編者は、著者のテーマからは突発的作品としていて、これは私の45年前の感想と同じです。
 でも今回読み返した私は、いやいや、たしかに外観はマイルドだが、間違いなく当時の著者のテーマを一貫して追求しているではないか、と気付かされました。外見のやさしさに惑わされていた訳です。
 そのテーマとは、いうまでもなく正気と狂気はどこが違うのか、区別できるのかということ。
 その意味では、常識人で「世間人」である花井たちのほうが、むしろ人間の質は下等だろうと読めてしまう。でもそれは一面的でもある。そう読者に読ませてしまったのは、管見では著者のごく初期の作品であるがゆえ、まだ若書きで未熟さが出た(著者自身の肩入れが反映された)のではないか。今回読んで、そうも思ったのでした。

 

「ハイカラ神戸……」店頭在庫状況

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月21日(水)22時32分31秒
返信・引用 編集済
  『ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り』ですが、そろそろリアル書店の店頭に並び始めたようです。大阪神戸地区における各店の取扱状況をざっと調べてみました。
 ジュンク堂は大阪本店と神戸店。紀伊国屋は神戸店に店頭在庫あります。旭屋は全滅。キビシイですなあ。
 そのかわり神戸元町うみねこ堂書林さんで取扱始まりました! 地図とかはこちら→古書うみねこ堂書林
 店主の野村恒彦(亜駆良人)さんはミステリ界のBNFにしてSRの会闇の元締め(らしい)(^^;。西さんとは中学の同級生なのです。神戸の方は、もしよろしければこちらでもどうぞ。

 下の書影は、その野村さんのミステリ神戸ガイド本『探偵小説の街・神戸』(エレガントライフ刊)です→【Amazon】
 

みじかばなし集

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月21日(水)19時24分37秒
返信・引用 編集済
  「さあ今から吊橋を渡りますよ」
 わーすげー きゃーきゃー
「危ないですから、みんな歩調を揃えるんですよ」
 はーい
「じゃあ、はじめの一歩は右足から、いきますよー、はい声をあわせて、せーのーみーぎあし」
 どん
「ひだりあし」
 どん
「その調子、その調子。みぎひだり、みぎひだり、いちに、いちに」
 どん
 どん
 どん
 どん
 …………
《今入ったニュースです。○○峡で吊橋が破断し、遠足で来ていた幼稚園児と引率の先生全員が……》
inspired by ふりーめも


 

『ショートショート傑作選 30の神話』

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月20日(火)22時27分23秒
返信・引用
   最近、ショートショートに風が来ているのでしょうか、その決定版が刊行されます。
      ↓
 江坂遊編『ショートショート傑作選 30の神話』(扶桑社文庫)

 ラインナップがすごいです。評価の定まった傑作名作がズラリ(^^)
  収録作品
  ヒッチコック「クミン村の賢人」
  和田誠「おさる日記」
  スレッサー「最後の微笑」
  阿刀田高「マーメイド」
  マシスン「一年のいのち 」
  半村良「箪笥」
  ブラッドベリ「みずうみ」
  星新一「おーい でてこーい」
  F・ブラウン「後ろで声が」
  眉村卓「ピーや」
  O・ヘンリ「賢者の贈りもの」
  筒井康隆「駝鳥」
  ビアス「アウル・クリーク橋の一事件」
  中原涼「地球嫌い」
  サキ「開いた窓」
  かんべむさし「水素製造法」
  ボンテンペルリ「便利な治療」
  都筑道夫「らんの花」
  ジャック・リッチー「旅は道づれ」
  赤川次郎「指揮者に恋した乙女」
  アシモフ「不滅の詩人」
  岸田今日子「冬休みに あった人」
  ジェイコブズ「猿の手」
  江坂遊「かげ草」
  ストックトン「女か虎か」
  城昌幸「ママゴト」
  ロバート・ブロック「夫を殺してはみたものの」
  山川方夫「待っている女」
  コリア「ナツメグの味」
  小松左京「牛の首」

 半村良「箪笥」、眉村卓「ピーや」、かんべむさし「水素製造法」などショートショートの古典的名作は言うに及ばず、玄人好みの中原涼「地球嫌い」が収録されているのも嬉しい。
 目配りの効いた作品集となっており、とうぜん面白さは保証付き。入門書としても最適ではないでしょうか。
 9月29日発売予定ですが、アマゾンでは予約が始まっています。→【Amazon】

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月20日(火)00時05分29秒
返信・引用
   元記事(ですぺら掲示板)
 

安部公房読書会

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月19日(月)23時11分18秒
返信・引用 編集済
   今日は安部公房読書会で阪急高槻市駅まで行ってきました。
 台風が心配だったのですが、全然問題ありませんでした。
 自宅を出たのは 11時前、その30分前には青空が広がって日も射して来ていて、傘が必要か悩んだほどでした。しかしすぐにまた、傘を持っていても恥ずかしくない程度には雲が広がってきて、これならかっこ悪くないと安心して出発しました。前回も高槻市駅付近が会場で、往路は堺筋線淡路乗り換え、帰路は御堂筋線西中島南方乗り換えを利用したのでしたが、今回はオーソドックスに梅田から阪急に乗り換えました。というのは、堺筋線の場合は新今宮と動物園前の間、御堂筋線の場合は西中島と西中島南方の間は徒歩で、もし雨が降っていたら傘を差さなければなりません。大阪駅梅田駅間は地下を通れば雨がかかりません。われながらナイス判断と思ったのでしたが、結局高槻市駅から会場までも傘をさす必要がなく、無駄な判断になってしまいました。
 2次会が終ったのが 8時前ごろ。その時点でも高槻辺りは降ってはいましたが傘をさす必要がない雨で、台風はどこかへ行ってしまったのかと、疑うほどでした。
 阪和線の最寄り駅に近づいたころ、ようやく車窓に雨滴がかかり始め、傘をさしたのは、最寄駅から自宅までの間のみでした。
 10時過ぎに帰宅したのですが、いま現在も降ってるのか降ってないのかわからないような程度です。
 何だか台風にフェイントをかまされたような気分なのでした (^^;

 今回は安部公房の中では地味な小品を取り上げたのですが、それが逆に著者の意図が生で現れていたりして、なかなか活発な意見が出たように思います。読書会の内容については、後日実況動画がユーチューブに上げられるとのことですので、またお知らせしますね。

 

Re: 橋元淳一郎さんのKIndle本

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月18日(日)23時49分29秒
返信・引用
  > No.7258[元記事へ]

橋元さん
 楽しみにしております。
 ツイッターにも書きましたが、こんなにリーズナブルに聴講させて頂けてとてもありがたいです。
 8週連続刊行ということで、一種の「特講」ですね。
 そんな感じで楽しみたいです(^^)

 

Re: 橋元淳一郎さんのKIndle本

 投稿者:橋元淳一郎  投稿日:2016年 9月18日(日)23時35分47秒
返信・引用
  > No.7257[元記事へ]

管理人さま
拙著電子出版kindle新刊をご購入頂き、誠にありがとうございます。最初の読者さまです(ペコリペコリ)。
電子出版、だいぶ間が空いてしまいましたが、このシリーズは引き続き週1冊ペースで刊行予定です。どうぞよろしくお願い致します。
 

橋元淳一郎さんのKIndle本

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月18日(日)22時04分15秒
返信・引用
   橋元淳一郎さんの久々のキンドル本が刊行されました。
 → 『プラトンのどうくつーー科学と哲学に関するつぶやき(1)』
 橋元さんのブログは こちら

 SFマガジン連載の科学エッセイをまとめたもので全8巻。今回はその第1巻とのことです。
 早速購入しました。おお、今回はギリシア哲学っぽい?
 楽しみです(^^)
 読むのは少し後になりそうですが(^^;

 
 

安部公房読書会

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月18日(日)21時13分10秒
返信・引用 編集済
   明日の安部公房読書会に備えて、「パニック」「死んだ娘が歌った」「人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち」を読み返しました。
 しかしJRは大丈夫なのかな ? 返すがえすも台風と縁の深い読書会でありますなあ (^^;

「パニック」は、最後の行から最初に戻る。とすると、主人公は自分の判断を後悔しているのでしょうか ?
「死んだ娘が……」は隠れた名品ではないでしょうか。一種の散文詩として読めます。この工場のシステムが面白い。ディストピア世界のミクロコスモス化といえる。女工がローラースケートで走り回る工場内はいかにも映画的なシーンが浮かんできます。これは著者の想像力の産物なのか。それとも実際そういう工場があったのか。
「人肉食用 ……」、これは事実上の戯曲ですね。陳情者と紳士たちのすれ違い認識の基盤の差異は、前者の言葉「人間が人間を食うなんて」「共食い」と、後者の「人間の肉は高いんだよ」「そういうの擬人法的錯誤というんだよ」という言葉が端的にあらわしています。

 

『ハイカラ神戸 紀行篇』がアマゾンに登録されました

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月17日(土)16時20分17秒
返信・引用
   西秋生『ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の残り』が、ようやくアマゾンに登録されました(まだ注文できませんが)→【Amazon】

 


 

Re: 「ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月17日(土)13時37分55秒
返信・引用 編集済
  > No.7253[元記事へ]

雫石さん

>芦屋と神戸では空気が違うとしかいいようがありません
 やはり空気が違うのですか。そのへんは住んでいる人にしか分からない感覚でしょうね。
 私の妄想ですが、石屋川で空気が変わると西さんが書いたとき、おそらく西さん自身が昭和初期にタイムスリップしていたのでしょう。
 六麓荘が富豪用に開発される以前は、まず浜手の夙川や香櫨園※、とりわけ現東灘区の住吉が富豪村だった。谷崎の倚松庵も住吉村にあった。そういう世界観にどっぷりと浸って執筆に集中している西さんには、石屋川を挟んで空気が変わってしまうことがありありと感じられたのではないでしょうか。
 事実は雫石さんがおっしゃるとおり、現在では芦屋と東灘区の境界で「市境をこえるとあきらかに雰囲気が」違ってしまうんでしょうね。なるほど。面白いですねえ(^^;

※夙川や香櫨園は西宮市ですね。してみますと「この頃、西宮はすでに歴史ある街として位置づけられていた」というのはこれを指すのかな。私は西宮神社の門前町として歴史があることを言っているのかと思っていましたが。
 

Re: 「ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り」読了

 投稿者:雫石鉄也  投稿日:2016年 9月17日(土)09時24分20秒
返信・引用
  > No.7252[元記事へ]

>東灘区にあたる地域は昭和25年まで独立を保った。そしてむしろ芦屋市との合併か甲南市形成を望んだそう>です。東灘の住民は神戸より芦屋の住民や文化に親和性を感じていた、つまり同族意識があったということ>>なのでしょうね。それは知らなかったし、ヨソ者なのでその空気感も看取不能なのですが、西境と東境の確>定明快でなるほどと思いました。

 このことですが、東灘に60年住いおる者としては70パーセントあたってます。ここでいう芦屋は、いわゆるセレブな芦屋ではありません。セレブな芦屋は国道2号線より北の芦屋。このあたりの芦屋は谷崎細雪な芦屋で、阪急より北は六麓荘など超セレブな芦屋となります。
 芦屋といっても国道2号線より南は庶民的な雰囲気です。特に阪神打出駅あたりは、東灘によく似た雰囲気です。そうはいっても、東灘も神戸になって長いです。いまは完全に神戸といってもいいでしょう。
芦屋から神戸に市境をこえるとあきらかに雰囲気が違います。
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703/e/238458ce96ef6c2a6240ab9800f655eb

http://blog.goo.ne.jp/totuzen703

 

「ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月17日(土)00時54分30秒
返信・引用 編集済
  > No.7251[元記事へ]

 いわゆる《阪神間》とはどこからどこまでをいうのでしょうか。文脈に左右される呼称ですが、著者は芦屋と東灘区に限定して考えているようです。西宮は入りません。「この頃、西宮はすでに歴史ある街として位置づけられていた」
 西境の根拠は「東灘区と灘区の境界はほぼ石屋川に沿っているが、この川を渡ると明らかに空気が変わる」ことを挙げる。事実、灘区は昭和4年に神戸市に編入されたのに対し、現東灘区にあたる地域は昭和25年まで独立を保った。そしてむしろ芦屋市との合併か甲南市形成を望んだそうです。東灘の住民は神戸より芦屋の住民や文化に親和性を感じていた、つまり同族意識があったということなのでしょうね。それは知らなかったし、ヨソ者なのでその空気感も看取不能なのですが、西境と東境の確定明快でなるほどと思いました。

 六甲山は外人によって開かれ、ハイキングなど日本の習慣にはなかった文化が移植され(神戸の人々にも模倣され)定着した。このような「避暑とスポーツの快楽に充たされた六甲山はきわめて異色の存在であると、司馬遼太郎は指摘する。なぜなら、日本の名山は多く、僧侶が修験のための行場として開拓したからである。《この山には日本の山にありがちな求道性もなく、哲学もない ……」
 はっはっは。これって、いかにも大阪人的な(イケズな)言いようですよね。褒めてるのか貶してるのか、両方なんでしょう(^^; そして神戸人が抵抗なく外国文化を模倣できたのは、神戸が明治以降居留地を核として形成された、いわば歴史のない都市だからかもしれません。そのへんは愛市精神の強いのは同じでも、歴史のある(歴史にがんじがらめの)京都とは正反対なところですね。

 さて、ありがちな類書と違うガイド本としての本書の最大の特徴は、他面で著者の妄想紀行であることです。例えば青谷の項「その青谷に、日本文学史を塗り替える秘密が潜んでいる ――という空想を愉しむことにしよう。内容は、「谷崎潤一郎は昭和三、四年ごろ、根津松子夫人と青谷で密会を愉しんでいた」というものである」と、著者は楽しげに語り出します(騙り出す?)。
「細雪」やら何やらを渉猟し、状況証拠を蒐めてきて「今一つの現実」を構築してしまうのです。そのような趣向は本書の随所に見られる。かかる「妄想幻視」こそが本書の大いなる魅力といって過言ではありません。まさに(著者自ら言っているように)《夢遊歩》者による神戸幻視の《旅》の記録となっているのですねえ。

 ということで西秋生『ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り』(神戸新聞総合出版センター、16)、堪能して読了しました。

 

Re: 「ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り」読み中

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月15日(木)22時09分28秒
返信・引用 編集済
  > No.7250[元記事へ]

 200頁迄読みました。「阪神間」の成立 《それまで職住一体であったところ(管理人註:船場)から住居のみを移して来たのであるから、当地は当然、生産に対する消費の拠点となる /そうした豊かなライフスタイルの舞台となって行ったことは、谷崎潤一郎の『細雪』を読めばよく理解できる。それは快楽に充ちたものであった(……)「快楽」という形容にいかがわしいにおいを見出すとすれば、それは貧しさを引きずっている証に他ならない》として、阪神間居住者(=富豪たち)の快楽消費の最たるものとして豪邸建設を挙げ、一例として「ニ楽荘」を提示します。するのですが……
 実はこれ、著者の不思議体験のマクラなのでした。
 著者は幼時期、ニ楽荘を訪れた記憶があるのです。ニ楽荘は著者の家から、子供の足でも行ける最外縁に在ったのです。「夏休みのささやかな冒険だったのだろう」
 著者はニ楽荘の、その「異様な外観」を、子供心にもまざまざと覚えていました。長じてニ楽荘の詳細を知った。著者は愕然とします。写真に写った二楽荘の外観は記憶そのままで、懐しかったのです。でも――
 二楽荘は、昭和7年に全焼してしまっていたのです !!
 え~~!? それどういうこと?
 しかし著者はその解釈を記述していません。
 小学低学年の著者は、その夏休みのある日、いったいどこへ迷い込んでしまったんでしょうか。面白い~(汗)

 

Re: 「ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り」読み中

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月14日(水)22時56分16秒
返信・引用 編集済
  > No.7249[元記事へ]

 150頁まで読みました。
《「飾り窓の中の恋人」は騙りのトリックに立脚するモダンな小品であり、「人形への恋」の趣向もまた、機知に富む合理性によって処理される。一方、乱歩にとっては、それは異界へ飛翔するための重要なモチーフであった。「白日夢」「人でなしの恋」「押絵と旅する男」といった名作がこのことを証明している。
 探偵小説への愛情を媒介に生涯にわたって深く交際した二人であるが、その嗜好は微妙に、あるいは大きく異なっていたのである。のち、雑誌「新青年」の 2代目編集長として横溝がその誌面をモダニズムで塗り替えて行ったとき、乱歩は腐って休筆する騒ぎを引き起こしたが、あたかもその伏線となる齟齬をここに見出すことができる》130p


 神戸に土地鑑がない読者は、地図を横に広げて随時参照しながら読むべきですね。私も可能なかぎりそうしているのですが(グーグル地図ですが)、今日は外で読んだので(フリーwifiがないところで読んだので)いまいち地図的理解が進まなかったように思います。大阪だったらだいたい頭の中の地図にプロットできるんですが……

 それにしても三宮神社って境内に遊興施設や飲み屋等があったということですよね。ちょっとイメージできません。もっとも神社の機能論的には納得できます。ヒロイック・ファンタジーには、よく神殿(神域)に酒場や曖昧宿があったりしますが、ああいうイメージを想起すればいいのかな。画像検索してもそういう古い写真はヒットしませんね。

 

「ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り」読み中

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月14日(水)02時41分16秒
返信・引用 編集済
   100頁まで読みました。本書、まさに幻視による神戸紀行ですね。
 例えば久坂葉子と西東三鬼の「行き違い」、三鬼の短編小説に葉子という美人が登場するのですが、著者の脳は直ちにそれは久坂葉子ではなかったのかと想像してしまう。
 そこから著者の連想力は、トアロードを挟んで東天閣の向かいの、現在は「神戸北野ホテル」となっている葉子の自宅(跡)と、そこから少し下って NHK神戸放送局で中山手通りを渡った交差点南東角に建っていた、当時三鬼が住んでいたトーア・アパートメント・ホテル(現兵庫信金の駐車場あたり)の近さに思い至り、あるつながり(シンクロニシティ)を幻視せずにはいられないのです。三鬼と葉子はトアロードで、何度もすれ違って(行き違って)いたんじゃないかと。
 これはある意味ダリのパラノイアック・クリティークの一種といえるのではないでしょうか。
 タルホ「星を売る店」に登場する巻きタバコを奇術のように扱うTという男と、堀辰雄「旅の絵」のタバコの紙箱から寸秒の間に抜き取り咥える特技の持主《須磨のT君》が同一人物である可能性の指摘にアッと驚かされましたが、こちらもまたパラノイアック・クリティークの効果と言える。しかしこちらはかなり真実らしく思われます。そしてそのTこそ・・・
 著者の連想は雪だるま式に転がり広がっていくのでした ……。

 それはそうと、西秋生『ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の残り』(神戸新聞総合出版センター刊)は20~21日にほぼ書店に並ぶみたいです。そしてオンライン書店はAmazonで取り扱いされるそうです。但し「取次経由なので搬入後になる」とのこと。これがよく判らない。要するにリアル書店と同じタイミングということじゃないのかな? あ、そこから配送リードタイムが1~2日あるということか。それともAmazonの予約サービスはないということでしょうか。いずれにせよ来週には購読可能となります。お楽しみに。

 

難波の不思議な夜

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月13日(火)17時38分18秒
返信・引用 編集済
   昨日は例の昔の職場の上司連中の飲み会に参加してきました。大変楽しかったのですが、その中では一番年下なので、借りてきた猫のようにおとなしくしていますと、気を使っていただいて、おいこれも食えと、右からも左からも皿が回ってきます、断ることができない性格で且つ貧乏性でありますから、全部平らげていたのですが、胸まで腹いっぱいになり、帰り道、身体じゅうから油の(それもあまり良くない)においが匂ってくるようで、往生しました。
 気を使っていただいたのか、自分らが食べきれないのを残飯係に回したのか、多分後者でしょう。あの年齢の人々は、ほとんど食わず飲むばかりなのです。
 帰途、千日前通りの閉店している店の前で、絵かきなのでしょうか(いや書家か)、若い男が何やら面白い店をひろげていました。


「あなたの目を見て インスピレーションで 言葉を贈ります」

 こういうのを見かけると、面白がってすぐやりたがる人っていますよね。わが上司もその一人でさっそく若い男の前に座りました。
 名前を所定の用紙に書かせます。そしてその字をまず色紙に達筆で揮毫します。
 それから客の目をじっと(ちょっと普通ではない眼差しで)凝視めます。これ、人によったら見つめられて恥ずかしくなって目をそらしてしまいそうです。たぶんそのときはこっちを見てください、とか言うんでしょう。
 その間1分(?)、やおらさらさらと細かい文字で何か言葉を綴り始めました。

 

 出来上がりはなかなか素晴らしいものでした(残念ですが個人情報が含まれておりお見せできません)。言葉も気の利いたもので、上司も満足したようです。

 

 お代はいくらでも結構ということでした。上司は何がしかお札を渡していました。
 いやー難波の夜、なかなか面白いです(^^;

 更に面白いのは、私ともう一人が立って眺めていますと、どんどん人が寄ってきて小さな黒山の人だかりができたこと。いや大阪人の物見高さと言ったら(^^ゞ
 我々が去ったあと、すぐに女の人が座り込みましたから、「サクラ」の効果って、ああいう場所ではバカにできないなと思いました(笑)。
 そんなこんなで、11時には帰宅したのですが、例によってバタンキュー。そういう次第で昨日は書き込みができませんでした。悪しからず。

 

広島優勝

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月10日(土)23時29分33秒
返信・引用
   広島が優勝しましたね。胴上げの時、黒田と新井が抱き合っているのが印象的でした。
 この二人、広島を出てから、黒田は主に日の当たる道を歩き、一方新井は、どちらかというと日陰の道を歩くという違いはありましたが、その間いろいろなことがあり、二人とも去年古巣に帰って来ました。
 その去年は、阪神に、大魔神ならぬ大誤神を味方につけるというとんでもない裏技を使われて、その一敗が最後にたたってCS進出を果たせなかったのでしたが、ついに今年、二人は優勝の美酒を味わうことができたのでした。
 そんな二人でしたから、私は彼らが抱き合って喜ぶ姿を見て感動したわけですが、ふと、「果しなき流れの果に」のあのシーンを思い出してもいたのでした。
 小説では、遠い遠い回り道をしてきた末に(小説自体の中では真ん中よりも前でしたけど)、野々村と佐世子は再会し幸せになる。そのシーンが圧倒的な感動をもたらしました。広島の二人もまた、長い道のりを経て、元の地に帰ってきて最高の幸せを得たわけです。なんか似てるなと感じた次第です。

 今日は、阪神の試合と広島の試合を交代交代に見ていたのですが、広島の訓練されたそつのない戦い方に比べると、阪神のそれは高校野球に毛が生えた程度に見えてしまいました。それには仕方のない事情があることは理解しており、何も云うことはありません。ポストシーズンはしっかり鍛えて、少なくとも同じ土俵に立てるくらいにはレベルアップして来期を迎えてほしいと願うばかりであります。

 

「ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り」に着手

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 9日(金)22時52分4秒
返信・引用 編集済
  《京都人も神戸人も、他の都市人とちがうのは、自分のすんでいる町が日本で一番いいと思いきっている点である。/ 東京や大阪は、稼ぎ泥棒の集まりのような一面があり、名古屋や福岡は、中央に対する劣等意識がつよい。/ が、京都人と神戸人はちがう。この町が一番いいと思っているし、町を住みよくきれいにしようという、西洋流の都市感覚がもっとも発達している》

 『ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り』を読み始めました。
 上は、本書に引用された司馬遼太郎の言葉。
 この意見、全面的に同意です。私も当板に何度か似た書き込みをしています(たとえばここ)。さすが司馬遼よくわかってらっしゃる、と思ったのですが、少し考えて思ったのは、司馬さん大阪人だからこういう見方ができたのではないか、ということなのでした。もしかしたら大阪人は意識するとしないとにかかわらず、このような見方を存外しているのではないでしょうか。
 当の京都人や神戸人自身は、なかなか自発的には気づけないような気がします。そしてこのような西洋流都市感覚は、神戸にそもそも備わっていたものではなく、本書の著者が述べるように、1920年代に開花した「モダニズム」が神戸にもたらした感覚なのでしょう。

 

「作家を自称する」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 8日(木)22時19分2秒
返信・引用 編集済
   岡本俊弥さんの25枚のショートショート「作家を自称する」を読みました。
 主人公、相曾は自称作家。なぜ自称かといえば、ネットに発表の場を求める作家だからです。むろん彼も他称作家に成り上がりたい。でも応募文学賞は一次止まり。なんとか打開しようと同人誌に入ってみれば同人たちは切磋琢磨するのかと思いきや、おしゃべりがしたいだけのよう。
 そんなこんなで彼もいつのまにか50である。ふと気がつけば出版界の状況が変わってきていた。出版不況です。しかしその一方で、インターネットが進展し、個人向け電子出版サービスが生まれ始めていた。これなら自分一人でやれる。
 ということで、相曾は世界最大のクリムゾン社と契約し、手持ちの作品を次々と電書化していくのですが、せいぜい合わせて10数部しか売れないという現実に直面します。
 実は個人登録の電子本は10万冊を超えていたのです。そんな中から自著を選択してもらうなんて、海辺の砂浜から一粒の砂を拾い上げてもらうのに等しい。確率はゼロに近かったわけです。
 そんなとき、ある会社からメールが来、当社はそのひと粒である自著を読者に拾い上げてもらえる手段を提案しますとの内容。
 主人公が契約すると、翌日から彼の著書はみるみる売れ始めたのでしたが……。

 いやー、皆さん読みたくなったでしょ?
 「読ませる文体」の話はまあ納得するのです。だからといって全然そんなことはしてほしくないと私は思うのですが、それは私が上記の同人誌作家だからかもしれません(>おい)(^^;、しかしそれは拾われたあとに効いてくるもので、いかなる方法で拾い上げさせたかは書かれていません(いませんよね)。
 そこにはなにか違法な手段があるのかもしれません。が、それはまあどうでもよく、本篇の眼目は、一旦ネットに上がってしまったデータは作家の手を離れて自己増殖していく怖ろしさにあるのではないでしょうか。ただし私にはラストの一行が、まだ、しかとはつかみ切れていないのですが……
 大変面白く読了しました(^^)

 追記。あ、わかった。売れるように書き換えるのは誰なのか、というところに思考がいったら自ずとわかりました>最後の一行。

 

武田麟太郎「日本三文オペラ」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 7日(水)18時53分39秒
返信・引用 編集済
   武田麟太郎「日本三文オペラ」を青空文庫で読みました。50枚の短篇で、雑誌初出は1932(昭和7)年<中央公論>。
 東京は浅草公園の裏口、廃寺の数多くの墓石が倒れた墓地に向って傾いた3階建の家屋が舞台です。「あづまアバート」と記された木札がかかっています。と書くと、この時代にアパートというと西洋臭いちょっとハイソな貸部屋を想像しますが、いやいや、どう好意的にみてもふつうの下宿屋か木賃宿です。それもそのはず、よく見れば木札には「あづまアバート」と書かれていました。ちゃんとアパートでないとことわっているのでした(^^;
 本篇はこの「アバート」の借室人たちの生態が活写されます(あるいは借室人の女たちの井戸端会議の内容が報告されます)。
 最近60すぎの爺さんが同じく60過ぎの婆さんの部屋に転がり込んできたがその二人の恋愛はどんな風に行われるのか。
 カフェーの女給が情夫と住んでいて、ところがこの男しょっちゅう家をあける。他に女をこしらえているからなんですが、たまに夜中帰ってくると寝ている女が目を覚まして、居場所を作ってくれる。この行為が何故か情夫のの怒りを呼び覚まして女に手を上げてしまう。
 そんな風に「アバート」の住人一人ひとりが、著者の鋭い観察眼に晒されます。
 その視線の容赦ないこと。ストーリー自体も救いがないものなんですが、しかし読み終わってみれば、なぜかほのぼのとした読後感になっているのですね。
 本篇、そもそも開高健がなぜ、自作に同じ「日本三文オペラ」というタイトルを敢えて付けたのかに興味があって、ずっと気になっていたのですが、読み終わったいま、やはりよくわかりませんでした。
 というか、すでに開高健作品を殆ど覚えていなかった(汗)。これはこっちも読み返してみなければなりませんね。
 いやむしろ、そもそもの元ネタであるブレヒト「三文オペラ」を読まなければならないんじゃないかなあ、という気がしてきたのでした。実際、武田麟太郎はブレヒト作品が念頭にあったんでしょう。
 それにしてもブレヒト――武田麟太郎――開高健――小松左京とつづく文学的因果の糸車、おもろいですなあ。

 

「ハイカラ神戸幻視行」の続篇

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 7日(水)14時07分15秒
返信・引用 編集済
   妹尾凛さんより、西秋生『ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残り』(神戸新聞総合出版センター)を拝受。ありがとうございました。本書は『ハイカラ神戸幻視行―コスモポリタンと美少女の都へ』の続篇です。装釘は戸田勝久画伯。戸田さんは西さんとは大学で同じゼミだったんですね(本書あとがき)。発行日は命日の9月28日ですが、20日頃から書店や電子書店でお買い求め頂けるとのこと。お楽しみに!
 私はお先に読ませていただきます~(^^ゞ

 

 

西秋生『夢幻小説集 神樂坂隧道』が出来ました

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 7日(水)02時57分22秒
返信・引用 編集済
   西秋生さんが亡くなって、早くも今月の28日でちょうど 1年になるんですね。うたた感慨を禁じ得ません。
 その西さんの一周忌を目前に控えて、彼の小説作品集が刊行されました。

 『夢幻小説集 神樂坂隧道』です。

 


 西さんの20代から50代まで各時代の選りすぐりの秀作を収録しました。
 また西さんゆかりの作家、編集者の方々から、西秋生を偲ぶエッセイを頂戴し、掲載させていただきました。
 西秋生の作品は商業誌掲載作品も書籍にまとまっておらず、各雑誌のバックナンバーでしか読めません。ことに同人誌に発表された作品群は、いま読み返そうとしても不可能に近いでしょう。
 本書を読んでいただければ、小説家・西秋生の全貌をコンパクトに辿っていただけると思います。
 ぜひ本書で、西秋生の夢幻世界を再訪してほしいです。もちろんこれまで西作品に触れたことがなかった若い方には、本書で西ワールドに行き惑い、その芳醇で濃厚な雰囲気に酔っていただけたら、これにまさる喜びはありません。

 また本書の特徴として、オン・デマンド方式で製本されることが挙げられます。要するに注文生産方式でして、ご注文いただいてから製本に着手し、完成品をそのまま直送でお手元にお届けするという方式です。ご注文は1冊からオッケーなのです。B6版本文224ページ、頒価は送料消費税込み1冊千円です。
 こちらの深田亨さんのサイトでご注文を承っています。よろしくお願いします。

  ―― 目次 ――
  『夢幻小説傑作選』について(エッセイ)……風の翼9号/ ’85
  1001の光の物語 ……『物語のルミナリエ 異形コレクション』/ ’11
  マネキン ……ネオヌル7号/ ’77
  走る ……同上
  いたい ……小説現代 '80
  星の飛ぶ村 ……風の翼14号/ '93
  チャップリンの幽霊 ……『ひとにぎりの異形 異形コレクション』/ '07
  神樂坂隧道 ……’98日本ホラー小説大賞短編部門最終候補
  翳の そしてまぼろしの黄泉 ……SFアドベンチャー '84
  5:46 ……風の翼15号/ '98

  エッセイ
  眉村卓/高井信/かんべむさし/江坂遊/井上雅彦/森下一仁/堀晃/大町聡

  あとがき――にかえて 妹尾凛

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 6日(火)22時40分31秒
返信・引用
   

「折り畳み北京」と「すれちがい東京」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 6日(火)19時56分20秒
返信・引用 編集済
   元ツイート

 中国のSF作家郝景芳の中篇「北京折叠」(折り畳み北京)がヒューゴー賞をとったんだそうです。誰よ、って感じなんですが、らっぱ亭さんが大ウケしていて連続ツイートされていました。上のはそのひとつです。確かになかなか面白そうではないですか。しかし町が折り畳まれるってイメージが湧きません。具体的にどうなるんでしょう。少し検索しましたが、それを説明しているサイトはありませんねえ。まあ読めば判るわけで、可及的速やかな翻訳が望まれるわけですが、上記のらっぱ亭さんが意欲をみせておられるので、楽しみに待ちたいと思います。

 ところで上ツイートを読んで、卒然と思い出したのが、豊田有恒「すれちがい東京」(『長髪族の乱』(角川文庫)所収)でした。本篇もまた、人口増にあえぐ70年代東京を舞台に、それをいかにして解決するかという話なんですね。ただし土地が折り畳まれるような大掛かりな物理トリック(笑)ではありません。いわば発想の転換でありまして、東京の住民を早番族と遅番族に二分してしまうのです。
 だいたい今でも、当掲示板に訪れる方は、午前零時を過ぎるとがくっと減ってしまいます。皆さんお休みになられるからですね(4時頃からまたぽつりぽつりと訪問者がいらっしゃいます)。ビジネス街の夜間人口も過疎の村なみになっちゃうわけです。昼間の過密と夜の過疎、これはあまりにもいびつすぎる。夜時間をもっと活用しよう、ということで、東京二部交代制が始まったのです。なかなか合理的ではありませんか。
 早番族は今まで通りでして、午前9時に出社し5時に終業します。夜の街に繰り出して遊んで、午後12時前には帰宅し就眠し、翌朝7時頃起床するというのが一般的なパターンでしょう。
 一方遅番族は、午後9時始業で午前5時終業。それから(彼らにとって夜の街である)午前の街に繰り出して遊び午前12時前には帰宅し就眠、午後7時頃起床して出社にそなえるわけです。
 早番族が夕方5時すぎにオフィスの入口に鍵をかけます。そして社名のプレートをひっくり返す。そこには夜9時から始業する遅番族の会社の社名が書かれてあるのです。今ある資産を有効利用するわけです。
 朝夕のラッシュアワーも半減します。だいたい今でも、朝ギューギューの車内で顔を窓に押し付けられて外を見れば、反対向きの列車はガラ空きじゃないですか。それが上りは出社する人々、下りは帰宅する人々が丁度よい按配で乗車することになり、実に効率的。
 ところが、早番族の主人公が、遅番族の彼女と付き合い始めて……

 いかにも豊田さんらしい軽妙な社会風刺SFです(^^;

 
 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 5日(月)23時33分25秒
返信・引用
   .  

「妖怪博士」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 5日(月)22時09分18秒
返信・引用 編集済
   ようやく青空文庫にアップされたので、江戸川乱歩 『妖怪博士』(<少年倶楽部>連載1938〈昭和13〉1月号~12月号)を読みました。
 少年探偵団シリーズ第3話です。第2話とよく似た筋立てですが、後半、奥多摩の鍾乳洞の中での活劇捕物となるのが新趣向でしょうか。少年探偵団の面々が「愛国行進曲」を歌いながらハイキングするのが時代をあらわしていますね(^^;
 次の第4話 『大金塊』(39~40)のあと当シリーズは10年間中断します。第5話は戦後の 1949年の発表となります。

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 5日(月)02時20分37秒
返信・引用
    .  

    

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 4日(日)01時21分14秒
返信・引用 編集済
   オーサカがどうしたって?(笑)
 

 

安部公房読書会

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 4日(日)00時26分8秒
返信・引用 編集済
   先日、二日続けてゴキブリの、体色の薄い幼虫?を、今いるこの部屋で見つけて、それは退治したのですが、食べ物なんか何も置いてない部屋ですから、おそらくクーラーを使わなくなって、ここのところ窓を開けっぱなしにしているので、外から侵入したのだと思います。しかしもし卵がかえったのなら ……。2匹いれば 3匹目もいるのではないかとちょっと心配していました。今ふと見ると、しばらく姿を見せていなかったハエ取りクモが、本棚の本の背をのんきに歩いているではありませんか ! してみるとゴキブリの存在に気がついて、現れたのかもしれません。いやまあ何はともあれ、とにもかくにもこれで安心ですね(^^;

 次の安部公房読書会が2週間後に迫ってきたので、とりあえず課題作品のうち「パニック」と「死んだ娘が歌った……」を読みました。うーむ。この頃の作品はほとんどプロレタリア小説と言って過言じゃないですね。後者なんて「赤い繭」に匹敵します。
 ひきつづき「人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち」も読みました。遠未来、死語となっていたストライキの意味を知った支配階級は・・・(^^;
 これで大体あたりは付けたので、当日が近付いた頃、もう一度読み返すことにします。

 

縄文人の核DNAを解読

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 1日(木)23時42分24秒
返信・引用 編集済
   

 

 現代日本人が弥生人と縄文人の混血であることは定説だったんですが、それがDNA分析からも裏付けられたということですね(縄文人が稲作をおぼえて弥生人化したのではないということ)。
 そして縄文人由来の成分は、たった12%しかないことが今回明らかになった。
 これを具体に戻せば、要するに縄文人は弥生人に吸収されてしまったということになるでしょう
 ついでにいえば、北海道のアイヌこそ、縄文人がそのまま進化した、つまり正統な日本列島原住民ということになります。沖縄の人々もそうです。
 平安時代のエミシは、東北に残存していた(稲作を受け入れなかった)縄文人ですが、結局稲作化して吸収されてしまったわけです(エミシという呼称が歴史から消える)。
 皇紀ゼロ年(紀元前660年)は縄文時代晩期ですが、最近の傾向として弥生時代がどんどん遡っており、早ければ紀元前10世紀には始まっていたという説もあります。
 そうなってきますと、皇紀ゼロ年は讖緯説から導出された仮構の数字だと思っていましたが、案外なにかを語っているような気がしてきました。
 つまりもし皇紀を認めるなら、神武天皇は朝鮮半島もしくは長江流域から稲作を携えてやってきた征服者だったとすると平仄が合うじゃないですか。九州からやってきたというのも、そうなるとなかなか信憑性があります。
 まあそこまで空想を膨らまさなくても、紀元前700-600年頃に、弥生人が大挙列島にやってきた、そんな事実が稗田阿礼みたいな記憶者によって代々記憶されてきて残されていたのかもしれませんねえ(^^;

 

「夕刊流星号」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 9月 1日(木)00時15分34秒
返信・引用 編集済
   足立巻一 『夕刊流星号 ある新聞の生涯(新潮社、81)読了。

 大阪にかつて「新大阪新聞」という夕刊紙がありました。調べると 1995年に廃刊になっています。私が知っている「新大阪新聞」は、いわゆるタブロイド紙(紙のサイズの意味ではない)で、やくざ関係の記事が主体で、風俗とかゴシップとかあることないこと針小棒大に記事にしていました。見出しと内容が全然違うのです。就職活動しているとき、ここは私に向いているのではないか(>おい)(^^; と、半分真剣に考えたことがありました。95年につぶれているので、いかなくて正解だったわけです(ちなみに今はある種の週刊誌がそのポジションを継いでいますね)。

 「夕刊流星号」とはこの「新大阪新聞」がモデルです。戦後すぐ昭和21年創刊なのですが、最初はそのようなナンパな新聞ではなかった。
 そもそもは占領軍の方針で、太平洋戦争に日本を駆り立てた要因の一つは言論の中央集権にあったとみ、これを排除するために地方分散を狙ったのです。財閥解体と同じ論理ですね。
 どういう風にしたかというと、もともと不足していた新聞用紙の割り当ての管理権を握り、大新聞へ回す分を減らし、地方新聞、郷土新聞、小新聞へ回した。あるいは新聞創刊を奨励した。その結果新興新聞とよばれる小新聞が全国の大中都市に続出しました。
 夕刊流星号もそんな経緯で生まれたのですが、そこにはややこしいこともあったのです。
 実は、夕刊流星号は毎日新聞の子会社だったのです。新聞用紙統制で大新聞は夕刊を出せなくなっていました。そこで子会社を作って、用紙の配給を得、夕刊新聞を発行したわけです。
 したがって主要な社員は毎日新聞からの出向でした。しかし彼らはそれなり希望に燃えていた。単なる毎日夕刊の代替ではなく独自性を発揮したかった。彼らは大阪のロンドンタイムズ(部数は少ないけれどもイギリスの声と称賛された)を目指したのでした。
 しかし ……。

 まあ、最終的にタブロイド紙になっているわけですから、いろいろあったわけですね。なかなかドラスティックな。それが描かれています。

 主人公伊坂は、おそらく著者自身でしょう。創刊の 1か月後乞われて入社し、出向組がどんどん戻っていくうちに結果的にプロパーの幹部となってしまい、大変な苦労をするのです。本篇の最後は、「逮捕令状」だったのでした。

 250ページの長編ですが、最初の100ページは主人公が定まらず読書もなかなか進みませんでした。しかし伊坂が主人公に定まってからはどんどん面白くなり、あとは一気でした。
 本篇も、GHQの方針変更によって翻弄される話と言えるでしょう。新聞社の話ですから、昭和20年代から30年代にかけての世相が(背景として)よく描かれています。騒然としています。当時を、現在と同じような社会世界だったと若い人は無意識に考えてしまうかもしれませんが、それは間違いです。

 ここで話が飛び、ツイッターの不満になります。先日も少年の凶悪犯罪は昭和30年代の五分の一になっているとのツイートを見かけました。どういう意図で呟いたものかは(RTされたのを見ただけなので)わかりませんが、おおかた最近少年の凶悪犯罪が増えているのではないか、とオッサンがいうので、言い返したものではないかと想像するのですが、五分の一はオーバーにしても確かに四分の一になっています。しかしこれは統計数字の事実でしかないのですね(ここ参照。現れた数字の裏側がきちんと分析されています)。
 現在と昭和20~30年代(私は象徴的にオリンピック以前と捉えます)では社会の情勢が違う。当然子どもたちの環境も(特に低所得層)大違いです。戦災孤児や浮浪児は現在では死語でしょう。そういうベースの違いを無視して数字だけ抽出したものが統計の数字なのです。オッサンの言も外れていますが、このツイッタラーも事実を見ているとはいえません。こういう、昔のことを知らずに現在からの類推だけで発言されるツイッターがほんとうに多いです※。南京事件はなかったとか、太平洋戦争は日本がアジアを解放するために始めたとかいったものも同じです。不思議なのは私と同世代にもそんな発言をする人がいることで(例えば百田氏は私と一つ違い)、いったい中高の社会の時間に何を聞いとったのかと思っちゃいます。
※しかも、まあ大抵は無知なだけで、こういうのはごく一部でしょうが、平気で捏造しますここも

 閑話休題。本書はそういう当時の騒然とした雰囲気が垣間見られます。と同時に、新聞界マスコミ界の内側の醜悪さもよくわかり、しかしこれは今も同じなんだろうなと、近頃の大新聞の腰の引け方を見るにつけても、納得させられたのでした。

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 8月30日(火)22時35分48秒
返信・引用 編集済
   元ツイート

  前方は高島屋ですよね。てことは戎橋筋?
  1950(昭和25)年頃はまだアーケードがなかったんですね。

       

 

福田紀一さん

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 8月29日(月)19時10分37秒
返信・引用
   


 びっくりしました。しかも上のツイートの日付の7月30日は、去年2015年の7月30日なのです。
 一年以上気がつかなかったなんて……。
 今日たまたま、当掲示板に「福田紀一 追悼」のキーワードでアクセスされた方の記録が残っていて、エエーッ!!とあわてて検索して知った次第です。
 私はSF関係の情報をきちんと集めているわけではありませんが、全然集めていないわけでもない。そんな情報なら引っかかってきそうなものですが。
 SF作家クラブも、小松左京フライバイガイドは2014年に終わっているけれどもイオ事務所のトピックスは2015年8月19日までは記録があり、そのどちらにも福田紀一訃報がなかったのはいささか解せませんね。昔は石川さんら文学方面に目配りできる方がいらっしゃったけど、いまはいないんでしょうか。悲しいですなあ。

 追記。上記ツイートでご冥福と書いてしまいましたが、福田さんは、私が存じ上げている住所(40年前のものですが)は久宝寺で、船場ど真ん中。お目にかかったのは一度だけですが、その風貌、優しいしゃべり方などから勝手に想像するに、そもそも船場の商家のぼんだったような気が強くします。となると、宗派は浄土真宗かも。そうしますと「ご冥福」はダメですね。
 改めて福田紀一さんに哀悼の意を表します。
 

「猫の王」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 8月29日(月)02時24分22秒
返信・引用 編集済
   昨日の「猫町」に引き続いて、今日は岡本俊弥 「猫の王」を読みました。
 主人公の愛梨は、会社からの帰り道、たくさんの猫が同じ方向に向かって歩いている場面に出くわす。猫の集会でもあるのだろうか。興味を感じて後をつけてみる。
 と、大柄の猫が血を流して死んでいたのです。その時、あらゆる方角から猫たちの長い長い鳴き声が響いて来ます。それはまるで、目の前で死んでいる大柄の猫を悼む叫び声のように、愛梨には聞こえたのでした。
 そして愛梨は、死んだ猫のそばに、子猫がうずくまっているのを見つけます。死んだ猫の子どものようです。愛梨は子猫をアパートに連れ帰り、飼い始める。
 子猫は、瞬く間に大きくなります。が、大きくなるにつれ手足が長くなり、普通の猫らしくなくなってきます。調べたところ、どうもヤマネコに近い、もしくはヤマネコそのもの ……。
 そのころから、愛梨は奇妙な夢を見始めるのでした。

 従来の岡本さんの作風は、小説の小説と云いますか、再帰的な小説と云いますか、そういうイメージでした。いいかえれば、描写というよりは解説的な文体で書かれていたと思います。ところが本篇は、まさに描写的な、いうならば小説らしい小説になっていて、岡本さん小説の幅が広がったなと、ちょっと驚かされました。
 もちろん、15歳以下の子どもの数とイエネコの頭数が二千万人と二千万匹で同じ、という〈事実〉に触発されて発想されたんだと思うのですが、その発想自体は従来の著者のものでしょう。でも以前の著者だったら、本篇のこのような描きかたはなされなかったのではないでしょうか。今回の書法の選択は、本篇の内容からして妥当であり成功していると思いました。
 むしろ、後半は急いでしまっていて説明不足になっているように思われます。もちろん描写での説明という意味で、物語としてはもう少し書き込んで膨らませてほしかったかも(特に最後の事件がいささか唐突の感あり) (^^;
 いずれにせよ、本篇もまたニュー岡本の片鱗を見せつけた一篇でありました。


 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 8月28日(日)18時53分53秒
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   元ツイート

 

「猫町」

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 8月27日(土)23時10分57秒
返信・引用 編集済
   元ツイート

 実は私も猫町移行法を体得しているのです。晴れた夕方、夕日がほぼ水平に明るい日差しを差し込んできた瞬間に起こります。
 その瞬間、普段は物陰になっているところ、常では殆んど見過ごしてしまう場所(軒先の下側の部分とか、郵便ポストの後ろとか)にも日差しが入り込んで、くっきりと町を浮かび上がらせるのです。それは町の相貌をだしぬけに変えてしまう。そのとき町は、普段のたたたずまいを失い、突如、見慣れない風景に変ってしまうのですね。
 と詩的に書いてみましたが、まあいわば、懐中電灯で下から顔を照らすみたいなことなんです。これ、本当に不思議ですよ。特に車で走行中にこれが起きると、東に向かって走っていたら前方がだしぬけに見慣れぬ町となります。ところがバックミラーで後方を見たら、いつもの見慣れた町なんですねえ。
 ただし条件が揃わないと見られません。私もまだ10回も見ていないはずです。

 ということで、萩原朔太郎「猫町」を読み返してみました。上記のツイートをしたくせに、実はあんまり覚えていないのですね。いつもの経路じゃなくて、逆の方向から町へ入ってきたとき、一種の幻視が起こった、それぐらいしか浮かんでこなかったのでした。
 読み直してやっぱりそれでは 2割も覚えていなかった。というかそれはマクラで、本篇の一番の山場をを覚えていなかったのはどうしたことでしょうか。なんともかんとも(>M27風に)(汗)。

 これ、猫町的読み方(?)をすると非常に面白いです。今回私には、ウルトラゾーン(アウターリミッツ)を見ているように読めてしまいました (^^;
 本篇は 3章に分かれています。1章は若山弦蔵のナレーションパートですね。2章がドラマの本編(私が記憶から落としていた部分)。3章は結部。
 北越の温泉で湯治中の主人公が、村人から、この地方に古くから伝わる犬神をまつる部落や猫神をまつる部落の話を聞く。「憑き村」といい、そこでは年に一度、月のない闇夜を選んで祭礼する。現につい最近までこの温泉場の付近にもあった。彼らのオクラ(魔神の正体)を見たものもいるというのです。
 山奥の温泉場とふもとの町は軽便鉄道で繋がれており、主人公は時々町へ行って買い物したり、たまには酒場へも出入りするのだが、一番の理由は鉄道から見る風景を愛でていたのです。
 で、ある日思い立って、途中下車して線路沿いの道を歩いてみます。ところがふと気が付くと、道は山奥に分け入っており、横に走っていた線路もいつの間にか見えなくなっていた。慌てて道を戻ったりしている内にさらに地理を失ってしまう。とにかく下りの道をたどれば人里に出るだろうと、歩き始め、すると人馬の跡が認められる道にたどり着いた。やれやれとその道をたどっていく主人公の前に現れたのは、なんとも奇妙な、しかし美しい町でした(この辺は17世紀ユートピア小説的筆致です)……

 うーむ。まるでクトゥルー神話小説のようなゆくたてではありませんか。クトゥルーの神々に猫神がいるかどうかは知りませんが(^^;
 この2章は、1章で述べられた(つきつめれば)勘違いに基づく幻視とは明らかに違います。そのとき主人公は、はっきりと猫町を目撃しており、それは単なる勘違い(視点位置のズレ)ではありません(麓の町にはありえない塔や高楼が立ち並び家々の形態も違う)。
 しかしクトゥルー小説の決まりきった結末にはならないのですね。
 ある瞬間、猫町はふもとの町とくるりと入れ替わってしまう。3章はその説明(解釈)です。
 一旦は1章同様の「三半規管の喪失」と思った主人公ですが、最終的には表の町と裏側の町は等価的存在と認めるのです。幻視ではなく現実の体験だったと。つまりSF的に言えば平行的に存在する異次元世界を導入してしまっているわけです。
 ここのところはしっかり指摘しておきたいところです。

 本篇は「河童」とともに、本邦三大異郷幻想小説のうちの一篇として認定したいと思います。3つめは考え中(>おい)。

 

    

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 8月26日(金)22時23分26秒
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